この企画では独自の視点と卓球理論で名高い、世界卓球2003パリの男子シングルス優勝者ヴェルナー・シュラガー(オーストリア)に、世界卓球2023ダーバンの決勝、樊振東 対 王楚欽(ともに中国)を通して、現代卓球や選手の特徴、さらには、卓球競技の展望について語ってもらった。
第4回は、シュラガーが遅いボールを使う理由、そして、具体的な使い方について聞いた。
「遅いボール=質の低いボール」ではない
樊振東対王楚欽を見ていて感じたのは、両者がほぼ同じスピードでプレーしていることです。そのため、両者とも卓球台から一定の距離でプレーできていました。このような状況では、両者は左右に気を付けるだけで済みます。つまり、スピードと深さが一定のボールが、フォア側に来るか、バック側に来るか、ミドルに来るかを気にしていればよいのです。
こうしたプレーがお互いにとって最もリスクが少ないと判断したのでしょう。その結果、スピードと安定性で上回った樊振東が勝利しました。
しかし、両者とももっと別の効果的な戦い方があったのではないかというのが私の見方です。
ここで、見たことがある人は思い出してほしいのですが、私が朱世爀(韓国)と対戦した世界卓球2003パリの決勝です。
この試合で私は、朱世爀のカットに対して、いくつかのバリエーションのフォアハンドドライブを使いました。もし、私がフルスイングのドライブだけを打っていれば、相手は台と一定の距離を保つことができ、そこで自信を持ってプレーできたでしょう。
ですから、私は朱世爀が一定の位置でプレーできないようにするために、浅くゆっくりしたドライブを使いました。
ドライブのバリエーションは多ければ多いほど、相手は対応しづらくなると思いますが、実際にはそれほどたくさんのバリエーションを使う必要はありません。
最初の一歩は、多くの回転をかけた遅いドライブを打つことです。多くの読者に理解していただたいのは、「遅いボール=質の低いボール」というわけではないということです。
遅いボールが効く理由
なぜ遅いボールが有効なのかには、いくつかの理由があります。
まず、遅いボールは速いボールよりも勢いがないために手前(台の近く)に落ちるので、相手は一歩前に出て打つ必要があります。そこで、相手は前に出るエネルギーがスイングに加わるので、ボールを台に入れるためにはスイングの力を調整する必要があります。ここで、ミスの可能性が高まるのです。
また、回転量の多い遅いボールに対しては、ラケット面の角度やスイングの強さが少しでも合わないとミスにつながります。さらに、このボールを強くカウンターするのは非常に高い技術力が必要な上に、大きなリスクが伴います。
この「遅いボール」を完璧に使いこなしているのがボル(ドイツ)です。回転量の少ない速いボールと回転量の多い遅いボールの使い分けにおいては、彼は最も優れた選手と言えるでしょう。
樊振東と王楚欽の決勝に話を戻すと、2人のラリーは速さと左右のコース取りにだけ集中していました。もし、ここでラリーのテンポを変えたり、相手を悪いポジションに追い込んだりすることができれば、もっと容易に相手のミスを誘うことができたと思います。
この点が、私が2人に、そして、多くの若い選手にも期待する大きな「伸びしろ」です。
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(まとめ=卓球レポート)