2021年全日本卓球男子シングルスの優勝候補に及川瑞基(木下グループ)の名を挙げていた人は、その慧眼に自信を持っていいだろう。それくらい及川の優勝を予想することは簡単ではなかったはずだ。
だが、優勝を公言してはばからない男が、及川の身近にいたという。
その男の名が、全日本で10度の優勝を誇る水谷隼(木下グループ)とあっては、その「予言」は単なる当てずっぽうで済まされる話ではなくなってくる。
及川の優勝にはいかなる必然性があったのか?
及川本人の言葉から、その謎を解き明かしていきたい。
気持ちの準備は全然できなかった
近年、これほど開催が危ぶまれた全日本があっただろうか。運営に携わる者もさることながら、その不安を最も強く抱いていたのが、出場予定の選手たちだったのではないだろうか。もちろん、及川瑞基もその一人だった。
全日本開催前の及川の心境とはどのようのものだったのか。本人の率直な思いを聞いた。
及川 本当に開催されるかどうか不安でした。僕らは1月14日に大阪入りでしたが、直前に協和キリンが棄権を発表したり、それ以外でも棄権を表明する選手がいたりしましたし、緊急事態宣言の中で全日本自体が予定通り開催されるかどうかという不安もありました。もし、開催されたとしても、チーム(木下グループ)が棄権という判断をする可能性もあったので、開会式が行われた11日くらいまではフワフワした感じで、気持ちの準備は全然できていなかったですね。いつもだったら焦って準備していたところですが。
そんな感じで全然集中はできていなかったんですが、同じチームの先輩の水谷さんは、組み合わせを見た後も「今回は及川が優勝するでしょ」なんて言ったんです。
僕は冗談か、後輩に対するただの応援かと思って「優勝は分かりませんが、頑張ります」と答えていました。でも、後から聞いたら本気だったみたいです。
水谷の及川に対する評価については、こちらの記事に譲ろう。単に、青森山田高校の後輩、そして、現チームのチームメートに対する応援とは一線を画する思いが水谷にあったことは間違いない。
大きな期待を背負った及川だったが、全日本ではこれまで目立った成績を残していなかったのも事実だ。
及川 全日本では、今までベスト16が最高で、そこまで行くと満足してしまうというか、やりきってしまったという感覚があって、ベスト8決定戦などでは、なかなか実力を発揮できていませんでした。
今回は、Tリーグでもすごい調子がよかったですし、自信はありました。ベスト8決定戦(6回戦)の相手が真晴さん(吉村真晴/愛知ダイハツ)だったので、真晴さんに勝ってベスト8というのがひとつの目標でした。
それでは、実際の試合を初戦となった4回戦から振り返ってもらおう。
<男子シングルス4回戦>
及川瑞基 6、5、3、9 竹村浩輝(同志社大)
及川 初戦に臨む前に、既に会場で試合をした選手から「床が滑る」「ボールが飛ばない」などの話を聞いていましたが、実際にやってみると本当にボールが飛ばなくて結構ブロックで止められました。床も想像以上に滑ったので、打球感やフットワークなどの感覚をつかむことに集中してプレーしました。内容は初戦としては悪くなかったと思います。
<男子シングルス5回戦>
及川瑞基 10、9、2、8 髙見真己(愛知工業大)
5回戦の髙見には、2019年の最後のインカレ(全日本大学総合卓球選手権大会 団体の部)で負けていて、自分の力が発揮できず悔いが残っていたので、対戦ビデオを何度も見て準備していました。
勝負の分かれ目になったのが、第1ゲームの9-10でボールが他のコートから入ってきて中断になって、流れが変わったことでした。そのゲームをジュースで取れたのが大きかったと思います。
<男子シングルス6回戦>
及川瑞基 -5、9、8、-9、10、8 吉村真晴(愛知ダイハツ)
ベスト8決定の6回戦で真晴さんと対戦しました。真晴さんには、これまで2勝1敗で勝ち越していましたが、1番最近のTリーグの試合で負けていたので、戦術が立てやすい部分はありました。お互いにスタートはあまりよくなくて、凡ミスが多い展開でしたが、2対2になってからは僕がレシーブを迷わずに「これ」と決めて入ったので、いい形でラリーに持ち込むことができました。それが相手には結構プレッシャーになっていたと感じました。真晴さんはサービスがうまいので、5ゲーム目以降はレシーブで簡単なミスをして失点しないように、ラリーに持ち込むことを意識したのがよかったと思います。
大会スケジュールを最初に見た時に、スーパーシードの選手はいつもは初日に2試合だったのが、3試合あるので、体力勝負だなと思っていました。だから、勝ち上がっていくためには、序盤でなるべく体力・集中力を使わないことも大切だと思っていたので、初戦と2試合目でストレートで勝つことができたのは大きかったと思います。おかげで、真晴さんとの試合でも集中力を切らさずに最後までプレーすることができました。
第2回では引き続き全日本の戦いを振り返ってもらおう。(文中敬称略)
(まとめ=卓球レポート)