もう一つ、及川瑞基(木下グループ)を語る上で欠かせないのがドイツ・ブンデスリーガでの経験だ。7年にもおよんだドイツでの武者修行は及川にどのような影響を与えたのか。そして、その成果とはどのようなものだったのか。
「卓球は力比べではない」とドイツが教えてくれた
及川 僕の中で大きかったのは、2019-2020シーズンでブンデスリーガの1部に挑戦してからですね。1部だと2部と違って、ティモ(ティモ・ボル/ドイツ)やカールソン(スウェーデン)など、世界のトップでプレーしている選手と毎週試合ができます。
また、練習もデュッセルドルフ(ドイツのナショナルトレーニングセンター)で2年間やらせてもらって、日本とはまた違ったプロ卓球選手の意識の高さにも触れることができて、大きな影響を受けました。
ヨーロッパの選手はそんなに練習が好きではないというイメージがありましたが、オフでやることがないのかと思うくらい、練習が終わったらすぐにジムに行ってトレーニングしたり、練習の前後にも自主的にサービス練習をしている選手が大勢いました。練習をしていない時も卓球のことばかり考えてる印象を受けましたね。それだけ試合で勝つことへの執念が強いんだなと感じました。
大学生までは日本選手の方が練習量が多い印象でしたが、ドイツでプレーしている選手だけかもしれませんが、デュッセルドルフではプロ選手が休みなく練習していたので、それにはすごい刺激を受けました。フットワーク練習も規定練習後にかなりの時間を割いてやっていましたし、合宿ではランニングで山に登ったり、トレーニングもかなりの量をやっていたと思います。
練習の量や質という点でもそうですが、プロとしての心構えという部分でもドイツでは教えられたことが多かったです。
そのようなプロフェッショナルな環境で切磋琢磨された及川は、自身のプレーの成長をどのように感じているのだろうか。
及川 僕が一番伸びたのは、バックハンドの多彩さや、試合の中で、どうやってフルスイングさせないようにするかという工夫、コース取りや変化ですね。
梅村さん(梅村礼/元全日本チャンピオン。タマス・バタフライ・ヨーロッパ勤務)にも言われたことですが、「ヨーロッパ選手にパワーでは勝てない」、それはいろんな選手と試合をして痛感しました。彼らの体格の良さでフルスイングされたら自分は下がるしかなくなってしまうので、そこは結構考えながらやりました。
でも、卓球は力比べではないので1点になればそれでいい。そのためにはどうするかが大事なんだということにも気づきました。
そう言葉で言うのは簡単なんですけど(笑)、実際には技術というよりもすごい感覚的な話で、実際にやってみないと分からない部分が大きかったです。説明するのは難しいですね。そういうところは向こうで実戦を積んでかなり吸収できたと思います。
具体的に言える部分では、チキータよりもストップとかハーフロングの処理を多く練習に取り入れたり、ブロックもただ止めるだけではなく落とす位置を考えたり、試合の中で気づいたこと、意識したことをすぐに練習に取り入れるようにしていました。
試合運びという点でも、試合をやっていないと磨かれない試合勘みたいなものが大事だと僕は思っています。クレバーな戦術やひらめきは試合勘を磨かないと生まれてこないので、試合をたくさんこなすことができたのも僕にとってはよかったですね。そういうのはドイツでたくさん試合をしなければ気づかなかったと思います。
ヨーロッパを克服して気づいた日本選手の強さ
及川 それでヨーロッパの選手とは結構渡り合えるようになってきたのですが、ドイツで長くやっていたせいもあって、自分の中で「日本選手が苦手」というところがあることに気づきました。たまに日本に帰って選考会や全日本で試合をしても、勝てない時期が続いたんですね。日本の選手は、サービス・レシーブがうまくて、速さもあるし、ちょっとでも甘いボールは見逃してくれない。
日本選手の「器用さ」の部分に対応できていなかったんだと思います。それは11月から始まったTリーグの試合でもすごく感じました。そこで、いろいろと考えて対策を講じてからは自分なりに結果を残すこともできたので、Tリーグで全日本前に日本選手と多くの試合をさせてもらえた経験も全日本で生きたと思います。
ドイツ、あるいは海外でプレーするということは及川にとってどのようなことなのか。もちろんプレーの面での向上は言わずもがなだが、その経験は人間的にも大きく及川を変えたのではないか。及川は自身についてこう語る。
及川 僕はドイツが性格的に合っているというか、文化も生活も好きですね。今後もチャンスがあれば行きたいと思っています。
でもそれは、いいチームにいられたからそう思えるのかもしれません。レベルが高いっていうのはもちろんありますし、貪欲なプロ根性にもすごい刺激を受けました。
だから、言葉を覚えて、どんどんコミュニケーションを取るようにしました。向こうの人は集団で話している時、僕がいると最初は気を使って英語でしゃべってくれたりするんですが、途中からどうしてもドイツ語になってしまうことがある。そういう時は、すぐに調べたり、何て言っていたのか聞いたりするようにしていました。彼らがどう考えて、何を話しているか知りたいという思いは結構強かったですね。
相手の気持ちが分かるようになってくると、卓球だけじゃなくて生活も楽しくなってきて、向こうにいる間、日本に帰りたいと思ったことは一度もありませんでした。そういうところも含めて、海外というかドイツは自分には合ってるのかもしれませんね。
さらに、及川はこう付け加えた。
及川 水谷さんも書かれていたことがあると思いますが、若い選手はどんどん海外に行った方がいいと僕も思います。1、2年行ったところで何が変わるっていうものではないかもしれないし、苦労やいろいろな経験をしてもそれが身につくのはもっと先のことになるかもしれません。
ドイツって行けば誰もが必ず強くなって帰ってくるようなところではないと思うんです。それでも挑戦する価値はあるし、チャンスがあったら絶対に行った方がいいと思います。
ここでも、中国超級リーグやロシアリーグなど、過酷な条件に身を置いて孤独に戦ってきた水谷の姿が浮かんだ。自分を強くするためには厳しい環境を厭わないこの後輩に、水谷が気をかけていたのもうなずける話だ。
このインタビューの最終回となる次回は、用具について、そして、これからの目標について聞いた。(文中敬称略)
(まとめ=卓球レポート)