2022年全日本卓球、男子シングルスにおいて鋭い両ハンドドライブを武器に破竹の勢いで勝ち上がり、初優勝の栄冠を勝ち取った戸上隼輔(明治大)。戸上は宇田幸矢(明治大)とのペアで臨んだ男子ダブルスでも初優勝を遂げ、二冠を獲得した。
アジア卓球選手権大会、世界卓球2021ヒューストンでの活躍で2021年を飛躍の年とした戸上だが、昨年の全日本卓球は棄権という残念な結果に終わっている。その全日本卓球から1年、戸上は何を思い、どのように過ごしてきたのか。
インタビュー第1回は、昨年の全日本をどのように受け止め、そして、今回の全日本にどのように臨んだのか。戸上本人の言葉から、初優勝への道のりに光を当てたい。
--2020年の全日本卓球は3位に入りましたが、2021年は棄権。これは今回の全日本卓球にどう影響しましたか?
去年の全日本は優勝を目指していました。優勝できる立ち位置にいると自分では思っていたので、優勝して、2021年を自分の年にしたいと考えていました。
だから、棄権は悔しかったですね。周りの方から励ましのメッセージをたくさんいただいたので、心配させたくないという思いで「それほど気にしてませんよ」というふりはしていましたが、内心すごいショックで、他の選手の試合を見る気にもなれなくて、全日本からは気をそらすように努力をしていました。
もし、試合を見て、ここに自分がいたら勝てていたかもと思うと余計に悔しさが増してしまうので、時間がたってからも試合は見ていません。今でも自分の中では存在しなかった大会です(苦笑)
ただ、去年の棄権で学んだことはすごく多かったです。
--具体的にはどのようなことですか?
コロナを身近に感じて本当に怖いなと思いましたね。そして、当たり前だと思っていたことが、実際は当たり前ではなかったということに気づいたんです。
去年までは全日本の時期が来たら、練習して出場するのが当たり前だったので、全日本に向けて頑張ればよいだけでしたが、今はいつ感染してもおかしくない。ウイルスって目に見えるものではないので、ある朝起きたら熱が出て試合に出られないということが、いつ自分の身に起きても不思議じゃない。
そういう中で、試合に出られることのありがたさを今まで以上に感じるようになりました。一大会一大会を大事にしていかないと、いつチャンスをつかみ損ねるか分からなくなってしまいましたから。
具体的な感染対策にも真剣に取り組みました。朝食と夕食は明治大学の寮でとるので、外出するのは昼食時くらいなんですが、その外出も極力控えました。
自分が感染するだけならまだいいのですが、自分が感染すれば結局周りにも迷惑をかけることになってしまうので、気を使って行動していました。今までは自分のためだけに卓球に打ち込んでいればいいというところがありましたが、今はチームのために行動することが多いですね。
卓球部でも大学が制定した感染対策のルールを高山幸信監督(明治大学卓球部監督)がひとつひとつ丁寧に説明してくれましたし、そのルールを改めてみんなで見直したりしました。明治大学卓球部員としては引退試合になる4年生だったり、審判員として参加することになった1年生だったり、周りのみんなも緊張感を持ってやってくれたので、卓球部のみんなに感謝しています。
僕自身も、本当に周りに気を配って練習するようになりましたし、高山監督もとにかく選手を感染させないように対策をして、僕たちが練習しやすい環境を整えてくださいました。コロナに行動を縛られたことは多かったんですけれど、それは感謝が生まれた大きな要因になりました。
その感謝を持って今大会に臨んで、決勝でも「感謝の試合にしよう」と思いました。今回の全日本は、僕の中では「感謝」が大事なキーワードになった大会でした。
--今大会でも大会前、そして、大会中に多くの棄権者が出ましたが、不安はありませんでしたか?
大会が始まってからも、棄権する選手がどんどん増えてきて、さっきまで目の前にいた選手が発熱したという情報が入ってきたりもしましたし、いつ自分の番が来てもおかしくないという怖さはありました。
練習時はマスクを外していて、そういう時に他の選手とちょっとした会話を交わすこともあったので、「やってしまったかも」と思ったことも何度かありました。そういう怖さは最後までありましたね。
自身が棄権になってしまった全日本を「なかったことにした」と冗談めかした戸上だが、優勝を目指せるポジションにいながら、出場できなかったことには筆舌に尽くしがたい悔しさがあったのだろう。今大会に臨む戸上の真摯な姿勢の陰に、その悔しさがあったことは想像に難くない。
次回は、宇田幸矢とのペアで初優勝を遂げた男子ダブルスについて詳しく聞いていく。
(まとめ=卓球レポート)
<全日本王者 戸上隼輔インタビュー>
第1回「自分の中では存在しなかった大会です」
第2回「もっと上を目指しているから、達成感はない」
第3回「相手をたたきのめすつもりでやっています」
第4回「日本のエースとして世界でプレーする覚悟はある」