アスリートには、それぞれの競技人生の中で大きな選択を迫られるターニングポイントがたびたび訪れる。そのときの判断がその後の競技人生を大きく変えることも少なくないだろう。進学か、就職か。国内か、海外か。アマチュアか、プロフェッショナルか。引退か、続行か......。
このインタビューシリーズでは、今、転機を迎えている選手たちに焦点を当て、なぜその道を選んだのか、その決意に至った理由に迫る。
水谷隼インタビュー後編では、目下躍進中のタレント活動について、また、新たに就任したバタフライ・ゴールドメダル・アドバイザーについて、そして、後輩たちにかける期待と不安について詳しく聞いた。
--東京オリンピックが終わって、テレビに出演するようになってから1年近くたちますね。タレント活動の方はもう慣れましたか?
そうですね。ほとんど休んでないですね。オリンピックが終わってから。
将来どうしようかなという不安はあるので、単純にお金を稼ぎたいというのはありますね。もちろん、現役時代の貯金もありますが、家族もいますし、これから自分が大きな事業だったり、何か人生をかけてやりたいなということがあったときにお金はあった方がいいですからね。
--タレントとして1年近く現場で経験を積んできて、今はそちらに軸足があるという感じですか?
今の仕事はもちろん遊びではないですし、やっぱり本気でやらないといけないと思っているので、そういう意味では現役時代と変わらないですね。現役時代は勝つことにすべてをかけていましたが、今のこのタレントとしての仕事は、次の仕事をもらうことにかけているので、仕事に対するモチベーションはありますし、本気で仕事をたくさんもらえるように一生懸命頑張っています。
--そうした試みはすごく成功しているように見えますが、ご自身の感触としてはどうですか?
そうですね。どうなんですかね。
卓球は試合に勝つだけが目標でしたが、テレビの場合は、いろいろなことがありますよね。ロケに行ったり、スタジオでしゃべったり、卓球やそれ以外のスポーツをすることもあります。それらすべてが仕事で、すべてに100%の力で取り組まなければならないのですが、すべてが楽しいわけではありませんし、苦しいこともつらいこともやらなくてはいけないので、ちょっとしたサラリーマンのような気持ちを味わっているかもしれませんね(笑)
--タレント活動を卓球と比べて難しいところはありますか?
難しいところは、テレビは1人ではできないところですね。基本的にはお互いがうまくコミュニケーションを取りつつ1つの番組を作り上げていくので、あんまり自分の感情は外に出さないですね。大事なのは周りを見つつ、周りが求めているものに応えることだと思います。
--そういうところで卓球の経験が生きているのではないでしょうか。
それはありますね。やっぱり卓球は、相手の感情を読み取るのがすごく大事だし、それができれば試合がすごく有利に運ぶので、そういうのはテレビの業界でも生きていますね。
例えば、共演者やスタッフの方と話をしていても、今この人はこういう話をしたいんだろうなとか、話しかけてほしくないんだなとか、そういうのを察知して自分から話しかけに行ったり、話しかけないようにしたり、バランスを取るようにしています。
--そういう中で、他人の感情を読みつつも、自分も輝かないといけないっていうのは難しそうですね。
そうなんですよね。バランスが本当に大事で、目立ちすぎてもダメだし、目立たなすぎてもダメだし、難しいですね。
例えば、コメンテーターの仕事でも、その場にいる時点で批判されたりするんですよ。「アスリートがいるところじゃないんだよ」みたいな、そういう批判もあって、そういう批判が本当につらい時もありますし、バラエティー番組で、おもしろおかしく話したりすると、「調子に乗るな」と言われることもあります。逆に、気を使って黙っていると「面白くないんだからテレビに出るな」と言われますし、本当に大変な業界だと思いますね。
でも、一番苦しい時期は乗り越えました。今は少し安定してきたと思います。やっぱり最初の頃は、テレビに出るたびにいろいろ言われていましたが、だんだんそこを乗り越えて、周りに認められてきたっていうかなじんできたのかなと思います。
--批判的な声はどうやって届くんですか?
SNSのDM(ダイレクトメッセージ)とかコメント欄とかですね。でも、そういうふうに見られてるんだとか、モチベーションになることもありますし、僕は見ちゃいますね。
そんなに気になるんだったら、SNSもやらなければいいともよく言われますが、今はフォロワー数とかの影響力が仕事に直結するんですよ。「この人は影響力があるから使おう」とかそういうケースがすごく多いから、SNSをやらないという選択肢は基本的にはないんですよ。だからみんなSNSをやりますが、やったら絶対に批判の声も届きます。結局、耐えるしかないんです(笑)
でも、今は本当にSNSがテレビの仕事をする上で本当に重要なポイントになってくるので、最近はインスタグラムも始めました。一生懸命更新して、若い世代の人気も集めなければいけないので。
※Twitter https://twitter.com/Mizutani__Jun
Instagram https://www.instagram.com/mizutani_jun0609/
--タレント活動での目標はありますか?
1つでも多くの番組に出演できたらうれしいですね。本当にすごい厳しい業界なので、特に贅沢を言うつもりはありません。
--そういえばバタフライ・ゴールドメダル・アドバイザーに就任されましたね。
その名称は僕が選んだんですよ(笑)
5つくらいの候補の中から、一番ビビッと来たのがこの「ゴールドメダル・アドバイザー」で、やっぱりこれは自分にしか付けられないと思いました。これは唯一無二だなと思って、すぐに決めましたね。
--どのような活動をしていきたいと考えていますか?
1つはやはり、卓球の普及と発展ですよね。これは間違いなく僕の中でもすごい高い位置にあります。オリンピックが終わって卓球人口も増えてきて、中高生のスポーツ人口は基本的にどのスポーツも減少しているのに、卓球だけは増加傾向にあるんですよ。これってすごく流れが来ていると思うので、自分の力でさらに普及と発展に貢献したいという気持ちは強く持っています。
--タレント活動をしている時もそういう意識はあるんですか?
もちろん、それはありますね。あるんですけど、タレントとしての自分と、バタフライ・ゴールドメダル・アドバイザーとしての自分はまったく別だと思います。
タレントとしての水谷隼は、演者というか、本当の自分はなんなのかよくわからない、浮ついた自分がいるみたいな感じですね。本当に、映画とかドラマに出ているみたいな感覚なんです。
でも、ゴールドメダル・アドバイザーとしての自分は、オリンピックで金メダルを取った水谷隼として卓球の普及と発展のために頑張ってやっていきたいと思っています。
--講習会にも出演していただいていますが、選手時代と変わった部分はありますか?
選手時代は一緒に来てくれるパートナーにもちょっとライバル意識があったんですよ。仲良くやるにしても、ライバルの部分もあって、距離がちょっとあったのかなと思うんですが、今は本当に楽しくやっていますね。
自分がまだ選手だったら、相手も僕を選手として意識しちゃう部分があると思うんですよ。例えば、模範試合でもどこか相手の弱点を探したりしていましたが(笑)、今は楽しくやっています。引退してからは、相手も自分のことを選手としてではなく、タレントの水谷隼として見ているような感じがして楽しくやれています。
--パートナーとしてのバタフライに期待することはありますか?
僕はやはり、ずっとトップ選手として卓球界に携わってきたので、トップ選手に素晴らしい用具をつくってほしいと思いますね。今までずっといい用具をつくってきてくださったので、さらに進化した用具を期待しています。これからも他のメーカーがやっていないことを先駆けてやってもらいたいですね。
--今季初めて海外リーグに挑戦する若手がいますが、彼らの挑戦が実りのあるものになるようにアドバイスがあったらお願いします。
同じ海外リーグといっても昔と今では全然違いますからね。昔はインターネットもなかったし、携帯電話も使えなかったので、卓球しかできない環境だったんですよね。
でも、今は海外に行ってもゲームもできるし、動画も見られるし、いろいろな誘惑があるんですよね。結局、自分に甘えたらそこで負けだと思うので、大事なのは1人1人の卓球に対する気持ちだと思います。
昔だったら、誰が行ってもある程度は強くなれたと思いますが、今は海外に行くだけでは強くなれないと思います。
あとは日本人みんながライバルですから、その身近なライバルを倒すぞという気持ちを持ってないとだめですね。
--水谷さんから見て、今の若手の心構えはどのように映っていますか?
やっぱり、まだまだ甘いと思います。でも、自分がちょっと特殊過ぎただけでそれが普通なのかもしれないですね。自分の先輩も後輩も甘かったし、今の若手もそうなのかもしれませんが、突出した選手がいないというか、「こいつは来るな(強くなるな)」という選手がこの20年くらいいないですね。
僕が10代の若い頃からずっと見てきて、「この人はやっぱりすごいな」という選手が日本には1人もいないですから。
--厳しい評価ですが、まだまだ今の若手にも伸びしろはありますよね?
若い選手にはもちろん伸びしろはありますが、19歳、20歳くらいから筋力はどんどん低下してくるので、そこを踏ん張って筋トレして向上させていくんですが、そこで甘えてしまったら、筋力は低下して体が追いついていかなくなりますね。
--総合的に卓球選手のパフォーマンスのピークは20代後半と聞きますが、水谷さんの場合はどうでしたか?
それは正しいと思いますね。やっぱり卓球って経験がすごく大事だと思うんですよね。特に、勝負どころでのサービス・レシーブなどは経験によるところが大きいですね。
よくあるのが、試合の総得点は勝ってるのに、試合は負けてるみたいなケースがあったりするんですね。実際、オリンピックでも混合ダブルスの決勝戦がそうでした。中国ペアに総得点は負けてるけど、試合では勝っていて、やっぱりその「勝つうまさ」というか、試合の運び方のうまさ、それって経験で強くなっていくと思うので、そういう意味ではいろんな経験をすることが大事ですね。そして、もちろんいい経験、失敗も含めて蓄積されてきて、1番いい年代が多分20代後半ぐらいなんじゃないかなと思います。
ただ、やっぱりけがが増えてくるのも20代後半なんですよね。20代半ばくらいになるとどの選手も大体、どこかしら爆弾を1個ぐらいは抱えるようになるかもしれません。
--これから水谷さんの後を引き継いで日本を背負っていこうという後輩たちにアドバイスはありますか?
これはみんなに言えることだと思いますが、まずはいい指導者に巡り会ってほしいですね。しっかりとマンツーマンで卓球を教えてもらった方がいいと思います。技術も戦術もそうですが、みんなまだあまりにも卓球を知らないという印象があります。
--水谷さんが指導者として腕を奮ってはいかがですか?
そうですね。10億くらいもらえるなら(笑)
それは冗談として、日本国内で勝てている選手でも、世界で戦うとなると、別のことを1から学ばなきゃいけないような気がします。技術、戦術、試合運びだけではなくて、心技体智すべてにおいてですね。今でも日本選手の試合を見ていて、なんでここでこんなプレーをするのかと思うことがよくあります。
やっぱり世界のトップになると、トップのセオリーみたいなものが結構あるんですよね。例えば、トップ選手なら勝負どころで絶対にサービスが台から出ないんですよ。でも、日本の中堅くらいの選手だと、絶対に出るんですね。もちろん、打ち込まれますよね。そういう選手と対戦するとレシーブがチャンスになってしまう。でも、それを誰も教えられないんですよ。僕だったらまずそれを教えますけど、そういう指摘をできる人がいないんですね。
--卓球ファンとしては「水谷隼が引退して日本が弱くなった」という状態は回避したいと思うのですが、どうしたらいいでしょう?
生まれてくるとは思うんですよ。絶対にすごい選手が出てくるとは思いますよ。僕も含めてみんながそれを期待していますよね。ただ、その選手が本当に世界のトップになれるかどうかはわかりません。
僕も世界で戦ってきて、メダルを取って、それが当たり前みたいな風潮になってしまっていましたけど、例えば、1950年とか1960年代の日本がずっと世界でメダルを取っていた時代から、30〜40年は日本は世界のトップから遠ざかっていましたよね。また、そうなる可能性は十分にあると思います。
でも、何かのきっかけですごい選手が出てくると思うんですよね。卓球で年収10億円稼げるとか、卓球選手がアイドルと結婚したとか、それがモチベーションになって頑張る選手が出てくるかもしれませんよね(笑) 本当にそういう些細なことだと思います。(了)
インタビューの途中で思わず感心して、話を遮って指摘してしまったのだが、水谷の話し方が非常に滑舌よく、言い淀みがなく、常に質問に対して的確な回答が返ってくることに驚かされた。
元来、水谷は頭の回転が速く、話もうまかったが、1年足らずのテレビ出演でこうも洗練されるものなのだと感心せざるを得なかった。かといって、当たり障りのないことばかり言うようなことは決してなく、(本人はそうは思っていないだろうが)刺激的な、時に挑発的な言葉を織り交ぜながら、聞き手を楽しませてくれた。そうした言葉が、表面的なものにとどまらないのは、水谷の言葉が、彼の20年以上に及ぶ類いまれな経験と、彼がそこで獲得してきた実感に裏打ちされているからなのだろう。
それにしても、水谷の後輩たちへの評価は厳しかった。もちろん、誰かが次の日本の揺るがぬエースの座に就く可能性は少なくない。だが、おそらくそれでも水谷には物足りないのだろう。そして、その物足りなさを心底感じられるのは、水谷だけなのだ。
その物足りなさを埋めることができるのは誰か。もちろん、選手たちのさらなる努力はその一つだろう。だが、それを解消できるのは他ならぬ物足りなさを感じている本人ではないだろうか。
「次なる水谷」の誕生を座して待つことは誰にでもできる。だが、その誕生に寄与できる数少ない存在としての大きな使命が、水谷隼には残されているように思えてならない。
(まとめ=卓球レポート)
水谷隼インタビュー前編「日本はまだまだプロ意識が足りない」