"ECL"と聞いてピンとくる読者は日本の卓球ファンの中にどれくらいいるだろうか。海外リーグの中でも最も権威があるといっていいリーグだが、その実情を知るファンは決して多くはないだろう。
ここでは、自身もこのリーグに参戦し、豊富な試合経験、さらには優勝経験も持つ水谷隼(木下グループ)が余すところなくその魅力と見どころを教えてくれた。日本選手の参戦も多い今シーズン、多くの卓球ファンにとって新たな楽しみが1つ増えることを願ってやまない。
ECLはヨーロッパで一番強いチームを決めるリーグ
水谷 まず、日本の卓球ファンにはまだあまりなじみがないECLって何?というところからですよね。
これはヨーロッパチャンピオンズリーグ(European Champions League)の略です。ヨーロッパチャンピオンズリーグというとサッカーが有名ですが、その卓球バージョンですね。ヨーロッパで一番強いクラブチームを決めるリーグです。
このリーグには各国のトップ選手が集まりますが、ヨーロッパ各国のリーグの上位チームしか出場できません。ドイツ、フランス、ポルトガル、スウェーデン、デンマークなど、各国2チーム、もしくは1チームが出ていて、1シーズンかけてどのチームが一番強いのかを決めます。
僕も長い間ヨーロッパのリーグでプレーしていましたが、やはり、みんなこのECLで優勝することを一番の目標にしていました。
--水谷さんがECLに出場したのはいつからですか?
水谷 2013年からロシアリーグに参戦して、僕もECLでの優勝を目標にプレーするようになりました。最初の2013-2014シーズンはUMMCに所属していましたが、この時からチームの主力としてECLでプレーするようになりましたね。
--2016-2017シーズンにはオレンブルク(ロシア)のエースとして活躍して、ECLで優勝していますね。
水谷 あの時は、リオオリンピックが終わってすぐに始まったシーズンで、それほど練習もしていない時期でしたが、リオまでに積み上げてきた貯金で、あれよあれよという間に勝利を積み重ねていって、最終的には16勝0敗で終わり、一度も負けませんでしたね。
それも、カルデラーノ(ブラジル)やゴズィ(フランス)、ティモ(ティモ・ボル/ドイツ)、K.カールソン(スウェーデン)など他のチームのエース格に全勝できたのはすごい自信になりました。
でも、僕はアジア人なので、ECLの重みという部分では、他のヨーロッパ選手に比べたら理解できていないところもあったと思うんですよね。自分としては、ただ1つ1つの試合に全力で取り組むことに集中していただけでしたが、優勝が決まってからチームメートのみんなの喜ぶ様子を見て、「あ、自分たちはすごいことを成し遂げたんだな」という実感が湧きました。
決勝戦もシーズン中と同様ホームとアウエーで2試合あって、その結果で優勝が決まるのですが、その第1戦でオレンブルクはデュッセルドルフのホームで3対0で勝っていたので、第2戦で1点でも取れば優勝でした。第1戦でほぼ優勝がきまったということで、試合後、控え室に戻ってみんなで裸で喜んでいた記憶がありますね。
まずは、レベルの高さを感じてほしい
今季の注目は何といってもノイウルム!
--水谷さんが感じるECLの一番の魅力は何ですか?
水谷 まずは、非常にレベルが高いということですね。世界卓球の団体戦と同じくらい、どこのチームでも各国のエース級の選手が所属しているので、本当に世界のトップの戦いが見られるんじゃないかと思います。
--今シーズン、水谷さんの注目のチームはありますか?
水谷 やはり、ノイウルム(ドイツ)ですね。張本智和(IMG)、オフチャロフ(ドイツ)、林昀儒(中華台北)、モーレゴード(スウェーデン)と4人も強い選手がいるので、優勝候補筆頭なのは間違いないと思います。(※ ECLではアジア人枠の規定があり、1試合に出場できるアジア人選手は1人までとなっているため、張本と林昀儒は同時には出場できない)
あとは、フランチスカ(ドイツ)、ヨルジッチ(スロベニア)のいるザールブリュッケン(ドイツ)も強いですね。デュッセルドルフ(ドイツ)は安定して、ティモとダン(ダン・チウ/ドイツ)がいて、強いですし、その3チームがずば抜けているという印象です。
こうしてメンバーを眺めていると、僕が現役時代によく対戦した選手がコーチになっていてびっくりしますね。マテネ(フランス)とかグルイッチ(セルビア)、ツグウェル(デンマーク)もそうです。クリシャン(ルーマニア)、ハイスター(オランダ)とか、みんな懐かしいですね。
選手でもメイス(デンマーク)、荘智淵(中華台北)、ルンクイスト(スウェーデン)、ジオニス(ギリシャ)とか、ベテランの選手が結構いるのもヨーロッパのリーグの面白いところですね。
※ 2022-2023 ECLの出場チーム(決勝トーナメント)はこちら(PDFが開きます)
--注目している選手はいますか?
水谷 一番注目しているのはデュッセルドルフのダンですね。最近、急激に伸びてきていますし、ヨーロッパチャンピオンでドイツチャンピオンですからね。中国選手ともいい戦いをしています。元々、両ハンドの質は高かったんですが、今まではミスが多かったのと、プレーに特徴がなかったんですよね。それが最近はミスが減って、強気のプレーが増えましたよね。両ハンドもカウンターも自分からぐいぐい攻めようになってきて、オフチャロフみたいな攻撃的なプレーが目立つようになってきました。
次がザールブリュッケンのヨルジッチです。急成長していますね。昔からパワーがあってバックハンドのうまい選手でしたが、なにしろ粗かったんですよ。でも、最近は丁寧なプレーも身に付けてきて、その中で強打があるので、緩急の使い方がうまくなってきました。フォアサイドから出すバックハンドサービスも強みの1つですね。
もちろん、ノイウルムの4選手にも注目しています。張本は攻撃的なプレーが増えてきました。実力は元々あるので、あとはメンタルですね。選考会で戸上(戸上隼輔/明治大学)に負けた試合でも、プレーは攻撃的でしたから、悪くないと思いながら見ていました。ああいうプレーが海外でもできたら、昔みたいに中国選手をばんばん倒せるような選手になると思いますね。(※注 この取材は世界卓球2022成都以前に行った)
林昀儒はボールに威力が出てきました。それ以前に、とにかくサービス・レシーブを究極まで究めている選手なので、プレースタイル的にも格下に負けそうなイメージがありませんね。
モーレゴードは世界卓球では2位になりましたが、いい時と悪い時の波がありますし、トリッキーさで勝負するスタイルは通用しづらくなってくると思います。まだ若くて伸びしろも多いので、もっと強くなる可能性はあるし、ああいうやんちゃな選手がいると盛り上がるので、活躍してほしいですね。
オフチャロフは34歳という年齢で、東京オリンピックでも銅メダルを取って、ここからはどれだけ実力をキープできるかということを考えているんじゃないかと思います。とはいえ、まだまだ強いですよね。僕と同世代ですし、個人的にも頑張ってほしい選手の1人です。
ホーム&アウエーの面白さと怖さ
水谷 もう一つの大きな魅力は、ホーム&アウエーという試合方式ですね。これは、2チームが対戦する時に毎回、お互いのホームタウンで1試合ずつやるという方式なんですが、ホームとアウエーでは全然環境が違うんですよ。ECLの場合、ホームマッチは自国でやりますが、アウエーだと大抵、海外でやることになるので、応援は基本的にありません。
自分たちのチームが100パーセント応援されるホームと、100パーセント応援されないアウエーという状況になるので、僕も海外リーグに参戦するまではそういう経験がありませんでしたが、サッカー選手や野球選手はホームだと力が湧いてくるとか、成績が伸びるというのを聞いていて、それをすごく実感できました。やっぱりファンの声援というのは大きな力になるんだなと改めて感じましたね。
逆に敵地に乗り込んでいって勝つためにプレーするというのも貴重な体験になりましたね。アウエーでも応援に来てくれるファンの人や、チームのスタッフが応援してくれていたりすると、それだけでプレーに熱がこもるし、結果を残さなきゃという思いも強くなります。僕自身はアウエーでも大歓迎というか、逆に燃えるタイプなので、楽しんでいる部分もありました(笑)
あと、チャンピオンズリーグは、試合が終わったあとに、ホームチームの招待で両チームが一緒に食事をするんですよ。そこで、試合の感想だったり、近況を報告し合ったりして、すごく有意義で楽しい時間でした。そういうのも日本では経験できないところでしたね。
勝つために必要なのは適応能力
--出場は未定ですが、今シーズンは今のところ6名の日本選手もエントリーしています。海外に初挑戦する選手もいるので、アドバイスがあったらお願いします。
水谷 やっぱり求められるのは適応能力の高さですね。日本の選手は特に、「最高の準備をして、最高のパフォーマンスを出す」前提で普段からやってると思うんですよ。でも、ECLだと試合ごとに、台も変わる、ボールも変わる、練習時間も限られていたりと最高の準備はできないのが当たり前です。
だから、最低の準備でも最高のパフォーマンスをするような適応能力が必要になってきますし、ECLで活躍しているような選手にはみんなその能力が備わっていると思います。それがないとECLで勝つのは非常に難しいと感じます。
--その適応能力は経験を積み重ねることで強化されていくものなのですか?
水谷 そうですね。僕自身は中国リーグで鍛えられましたね。中国リーグでは移動が多かったし、試合の40分くらい前から20分くらいだけ練習してすぐ試合というのが当たり前でした。
ロシアリーグでも朝起きて2時間後に試合ということもありましたから、そういう意味では、ECLは運営もしっかりしていて、それほど大変だとは感じなかったかもしれません。
--適応能力を高めるためにはどのような心構えが必要ですか?
水谷 困難な状況を楽しむことですね。嘆いても絶対によくなることはないので、どんな状況でも試合ができることを喜ぶことが大事だと思います。試合中に停電が起きたり、練習会場が急に使えなくなったり、そういういろいろな状況下でも自分がベストのパフォーマンスでプレーする準備の仕方を覚えることがすごく重要だと思います。
もっと言えば、「卓球」というものをどれだけ知っているか、ということだと思うんですよ。試合前の数十分の練習で強くなるわけではないので、卓球とは何かということと、自分の感覚さえしっかり覚えていれば、試合前に練習しなくてもいい状態でプレーできると思います。
日本選手の同士打ちも見どころの1つ
水谷 あとは、日本選手対決が見られたら面白いですね。海外の試合で日本選手と対戦する面白さってあるんですよ。
これは、僕だけかもしれませんが、日本代表としてツアーなどに出場している時の同士打ちって気まずかったりするんですよ。お互いに日の丸を背負ってプレーしているので、できれば当たりたくないというのが正直なところですが、ECLだとチームを背負ってプレーする時は国籍は関係なくプレーできるので、本気で相手とぶつかれるし、楽しいですね。
僕はECLでは1度吉田さん(小西海偉)と対戦して負けたことがあります。それまで1度も負けたことがなかったので、その時は吉田さん、すごい喜んでました(笑)
Tリーグを盛り上げるには?
--最後に、豊富な海外リーグの経験と、Tリーグの両方の経験を持つ水谷さんから見て、Tリーグがもっと盛り上がるようなアイデアはありますか?
水谷 ヨーロッパのチームは基本的に、チームの練習会場が試合会場にもなるんですよ。今、Tリーグではまだそういう施設を備えたチームはありませんが、そういう「ホーム」ができたら、地元にも根付くし、ファンも増えると思います。
会場も大きい必要はなくて、ヨーロッパでは500人も入れば十分というサイズがほとんどです。2000人の会場に500人より、500人の会場が満員の方が盛り上がるじゃないですか。
今年のTリーグの男子の開幕戦(木下マイスター東京対T.T彩たま/大田区総合体育館)で入場者が1000人を超えていましたが(※ 公式発表は1103人)、この観客数はECLと比べたら、少なくないどころか倍くらい多いんですよね。会場が大きいからちょっとネガティブな空気になってしまうところがあると思いますが、ECLだったら、500〜600人の会場でものすごく盛り上がるし、選手もやる気が出るので、Tリーグも小さめの会場で立ち見が出るくらいの感じでやった方がお客さんも選手も盛り上がれると思います。
チーム数もこれから増えていくと思うので、改善できるところは改善しながら、どんどんいいリーグになっていってほしいですね。
(まとめ=卓球レポート)
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