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世界卓球2022成都 男子団体銅メダル獲得
田㔟邦史男子NT監督インタビュー(後編)

 
 2021年の9月にナショナルチーム(NT)の男子監督に就任した田㔟邦史氏は、世界卓球団体戦の監督初陣となった世界卓球2022成都で日本男子を見事に銅メダルへと導いた。田㔟氏は監督として采配を振るう一方で、選手たちを裏でどう支え、彼らの戦いぶりをどう見たのか。
 卓球レポートでは、世界卓球2022成都から2つのWTTに帯同して帰国した田㔟監督にロングインタビューを行った。
 後編では、世界卓球2022成都の総括と日本男子の現在地、これからについて話を聞いた。
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反省点は多々あるが、選手たちの力を引き出せたとは思う

--大会を通して、選手個々の評価をお願いします。まず、張本智和選手(IMG)からお願いします。

田㔟 智和は150パーセントくらいの力を出してくれたし、19歳という若さで日本を引っ張ってくれて本当に頼もしかったですね。人間的にも成長してきたし、技術的な面ではフォアハンドがすごく進化してきて卓球がダイナミックに変わってきました。まだまだ成長していくと思うし、誰もが恐れる怪物になるんじゃないかと楽しみです。
 まだ19歳なので過度にプレッシャーはかけたくないし、本人にも意識してほしくありませんが、「張本はスペシャルな選手だ」というのは、今大会で世界中が認識したと思います。これからのさらなる進化が楽しみです。

--戸上隼輔選手(明治大)についてお願いします。

田㔟 戸上については、初出場の世界卓球の団体戦でこれだけの戦い方ができたということに、正直びっくりしています。課題はまだまだ多いですが、これから経験を積むことによって克服できると思います。今大会では戸上は自分自身が持っているポテンシャルを我々スタッフにアピールしたと思います。
 特にブラジル戦やポルトガル戦ではエースに勝ち、中国戦では2点落とすなど、良いことも悔しいこともいろいろ経験できたと思うんですよね。それらの経験を生かして、智和と一緒に日本を引っ張っていくような選手、人間へと成長していってほしいですね。

--及川瑞基選手(木下グループ)はいかがでしたか?

田㔟 及川は、もっと自信を持つことです。初出場だからいろいろ考えてしまうのは仕方がなかったと思いますが、ネガティブに捉えすぎて、自分で自分の実力を抑え込んでしまっているような試合が多かったように思います。もっとポジティブに行こうと本人とも話しましたが、自分のメンタルに左右されて相手によって戦い方が変わるようでは、力が出せる時と出せない時の波ができてしまいます。
 及川はちゃんと自分の実力が発揮できれば、決勝トーナメントのような良いプレーができるので、試合に臨む際の準備の仕方や気持ちの持ち方を自分なりにコントロールできるようになってほしいと思います。

--1試合のみの出場でしたが、横谷晟選手(愛知工業大)のプレーはいかがでしたか?

田㔟 横谷に関しては自分でつかんだ代表権だし、監督としてももっと起用してあげたかったという思いはありますが、1回しか出場させてあげられず申し訳なかった気持ちもあります。しかし、その1回でも世界卓球の舞台を経験できたことは大きいことで、そこで自分がどう感じるかが重要なので、自分の何が良かったのか、足りなかったのかを考え、今後に生かしてほしいと思います。
 ただ、横谷がいてくれたことでベンチの雰囲気は良かったし、彼はチームをよく盛り上げてくれました。横谷は全中やインターハイ、インカレなどの経験で「団体戦では何をすべきか」をよく分かっているので、練習相手や応援、ドリンクやタオルの準備など、チームを陰で本当によく支えてくれたと感謝しています。

--監督としての自己評価はいかがですか?

田㔟 メダルを獲得できたこと、中国とあれだけの対戦ができた事はよかったし、次につながると思いますが、自分にとって考えることは多くあります。例えば、中国戦ラストの戸上のタイムアウトを取るタイミングや他に何がベストだったのか、何ができたのかは今でも考えます。ただ、総じて選手たちが持っている力以上のものを発揮させることができたのではないかなとは思っています。その意味では、私も含め帯同してくれたスタッフの皆さんの選手たちへの声かけなどのコミュニケーションがうまくいったのではないでしょうか。
 ただ、自分が何をやったかというよりも、初出場が3人もいる中、選手たちがよく頑張ってくれたなと本当に感謝しています。

「選手たちの頑張りに感謝したい」と田㔟監督


「張本は特別だから」ではなく、張本の試合から多くの選手が刺激を受けてほしい

--中国に肉薄したという点ではいかがですか?

田㔟 確かに2-3で良い勝負をしたと言われますが、智和が2点取っただけなので、中国に近づいたかというと、その感じは全然ありません。うまく言えませんが、いつも目の前に見えているすごく高い山が、たまたま快晴で近くに見えたという感覚でしょうか。実は歩いてみるとそこまでの道は非常に険しく遠いという......。中国がすごく高い山であることに変わりはなく、次は勝てるぞ、あるいは勝てそうだと簡単に考えることはできません。
 智和も今回は2点取りましたが、中国は必ず対策してくるでしょう。
 加えて、「中国とあれだけの勝負をしたから中国以外は大丈夫だ」と勘違いしてもいけない。男子の場合は、世界中にすごい選手が散らばっているので、どの国が勝ってもおかしくないと思うんですよ。だから、その高い山にたどり着くまでの道のりで負けないような選手やチームの強化を、これからも危機感を持って進めていかなければならないと強く思っています。

--中国に迫ったからといって楽観はしていないということですね。とはいえ、中国戦はワクワクしました。

田㔟 我々は勝つことが至上命題ですが、皆さんから応援してもらうためには、ワクワクしてもらえるような試合をすることも必要だと思っているので、そう言っていただけるとうれしいです。もちろん、あそこまでいったからには勝ちたかったし、悔しい気持ちが1番です。
 今回、中国に迫ったからといって楽観していないと言いましたが、一方で、智和が中国から2点取ったということを日本中の選手たちには刺激にしてほしいと思います。
「張本さんは特別だから」ではなく、「張本さんがあれだけすごい試合をしてくれた。俺だってできる、続くぞ!」という気持ちを持った選手たちがたくさん現れることを、日本男子を預かる身として強く望みますし、まずは戦う姿勢が重要です。

最強中国から2点取りした張本。この快挙が後進に火をつけるか

世界トップのぎりぎりの戦いを制すには、両ハンドのバランスとパワー、フォアハンドの決定打。そして戦う姿勢が必須

 
--世界卓球から少し話が離れますが、「日本男子を預かる身」というお言葉が出ました。コーチ時代と監督とではどこに違いを感じていますか?

田㔟 選手を強化する、チームを勝利に導くという点では同じなので、そこまで明確な違いは感じていませんが、やはり見る範囲と考えること、決定権が増えました。シニアだけでなく、ジュニアやホープスなどナショナルチーム全体を見なくてはなりませんから。
 ただ、トップチームがだめなら下に影響が出ますから、今回こうしてビッグゲームでメダルを取れたことと戦い方は本当に良かったと思っています。これらを踏まえると、当然ではありますが、コーチの頃よりもプレッシャーは大きくなりましたね。
 また、「誰が世界で勝てるスタイルなのか」を厳しく見極めることも、監督になってより重要になったと感じています。

--世界で勝つ選手を見極める基準のようなものはありますか?

田㔟 長年、世界で戦う選手たちをすぐそばで見てきた過程で私なりに身に付けた感覚なので、「これが基準だ」と言葉で説明するのは難しいですね。センスが良くて結果を出していても、ビックゲームで戦うとなると難しいなと感じる選手もいるし、その反対の選手もいます。
 試合で勝つには細かなことはたくさんありますが、その中でもまず男子は両ハンドのバランスとパワー、そして絶対的な武器と決定打が必要です。その武器や決定打で流れが変わるし、それが備わっているかどうかで相手にプレッシャーを与える事ができます。特に、フォアハンドにパワーがあるかどうかは大切です。
 それと戦う姿勢です。古い考え方だと思われる方もいると思いますが、具体的には、やはり声を出すことです。声を出し戦うことで試合の雰囲気って間違いなく変わるんですよ。その姿勢は戦う姿勢の表れだし、その姿勢が自分の持てる力を100パーセント、あるいはそれ以上を出すためにとても大切なことだと私は思っています。
 今回の中国選手を見ても明らかですが、重要な場面になったら「何年前の卓球?」というくらい打球点を落としてでもフォアハンドでガッツリ動いて攻めてくるし、声を出して戦う姿勢もすごかった。
 世界のトップでギリギリの戦いを制するためには、声を出して、戦う姿勢を示せるかどうかが勝利を呼び込むための必要な要素の一つだと私は思っています。
 もちろん、これらはあくまで一例ですが。 

監督になり、世界で勝てる選手の見極めがより重要になったという

--興味深いご意見です。ちなみに、NTやNT候補のレベルの選手は、プレースタイルが確立している選手が多いと思います。そうした選手が、田㔟監督が考えるところの基準を満たしていない場合、後付けで変われるものですか?

田㔟 十分変われると思います。しかしある程度結果を残していたら、自分のプレースタイルや考え方をなかなか捨てられないのが難しいところですね。そのプレーでトップレベルまで近づいてきたわけですから、勝てば調子が良かった自分の力が出せた、負けたら調子が悪かった相手が強かった、でまとめてしまいやすい。でも、それで終わってほしくないんです。勝ったらよかった部分をさらに強化し、負けたら自分のプレーをしっかり見直して、さらに良くしようと常に考え変えていかないといけません。

--ある程度結果を残している選手ほど、変わるのが難しそうですね。

田㔟 確かに、結果を残してきたプライドが足かせになってプレーを変えようとしても変えられない選手はたくさんいます。でも、私は考え方と取り組み方次第で絶対に変われると思うし、この厳しい世界で勝とうとするなら変わらないといけないんです。
 同じことをしていても世界の強豪はすぐに見破ってきます。「1年前は良かったけど、今年は全然勝てない」という現象がよく起こるのが男子卓球の世界です。だから、常に自分の卓球を見直しながら進化させて戦っていかないと、世界では絶対に勝ち残れないと思っています。

--確かに、張本選手はフォアハンドが変わりました。

田㔟 智和もそうですし、世界タイトルをいくつも取っている馬龍でさえ、以前とはプレーが変わっています。これ以上ないキャリアを持つ馬龍でさえ変えているのですから、ほかの選手が変えられないわけがないと私は思います。

進化を怠らず、世界のトップに君臨し続けている馬龍

指導者ができることはわずか。会話を重ねて、選手たちの力を引き出したい

--選手が変わるためには、指導者の役割はどうですか。

田㔟 最終的に卓球は個人スポーツで監督やコーチができることは限られていると思うんですよね。あの狭いコートに立って戦うのは本人であり、そこで選手がどう感じどう判断するかは本人次第です。 
 何かしらのヒントになるようなことを選手へ伝えるよう日々心掛けてはいますが、仮にそのヒントが刺さったとして、最終的に判断し実行するのは選手本人です。選手たちが自分で変わろう、強くなろうと決意することが何よりも大切だと思います。

--そのあたりは、田㔟監督の指導方針にもつながりそうですね。

田㔟 指導方針で、特にこれだと掲げるものはないのですが、強いて挙げるなら「自分で考えられる選手を育成したい」という考えが1番です。もちろん、できり限り環境は整えるし、気づいたこと、感じたことは選手へしっかり伝えるようにしますが、最終的には選手たちが自分で考えて行動して強くなってほしいと思っています。

--自分で考えられる選手を育成するポイントはありますか?

田㔟 会話ですね。決めつけて誘導するのではなく、「どうしたい?どう考えているの?」と選手たちに聞くようにしています。
 今の選手たちは、実力があるのに自分でその力を発揮する方法が分からない子が多い気がするんですよね。それはなぜかなと考えると子供たちは大人の指示に従っていて、いざ自分で考えようとしても、試合の流れや状況を分析することが一人でできないのではないかと思うんです。
 だから、選手たちが自分の考えを言えるような雰囲気づくりを心掛けています。そうして、選手たちが思っていることをきちんと話してくれることで、会話が成立し、いろいろな気づきのヒントを与えられると思っています。

--監督として、コミュニケーションを重視しているということですね。

田㔟 そうですね。監督になったからといって上から全部仕切るのではなく、監督の立場になったからこそ、できることも増えたので、そうした選手の考える力や自主性を促すサポートに力を尽くしたいと思っています。

--選手とコミュニケーションを取るコツはありますか?

田㔟 コツというほどのものはないですね。ただ、声をかけるタイミングは気を付けるようにしています。例えば、選手が試合で負けて悔しい時に厳しめに指摘しても入ってこないと思います。その選手のしぐさや雰囲気を踏まえて、話しかけるタイミングには気を使うようにしています。

選手たちとの会話が田㔟監督の指導方針の核だ

危機感しかない。パリ五輪まで油断なく強化を進めていきたい

--目指すべき理想の監督像はお持ちですか?

田㔟 特にありません。私は選手時代、素晴らしい指導者の方々と出会いましたが、皆さん本当に十人十色でした。誰の指導が1番正しかった、良かったと優劣はつけられないし、今、自分が監督をしていても「本当にこれで正しいのか」と自問自答する毎日です。それに、「こうなりたい」と決めてしまうと、それを基準にして自分も選手も型にはめてしまうと思うので、理想の監督像というのは特にないですし、決めないようにしています。
 シンプルに、私が監督として携わった選手たちには頑張ってほしいですし、頑張らせるためのサポートを精いっぱいしたいと思っています。

--今回もそうですが、監督として長期間海外ツアーに帯同し、家を留守にすることが多いかと思います。ご家庭の理解も重要だと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?

田㔟 今回も925日に日本を発って帰国したのが111日ですから、本当に長い遠征でした。今回に限らず、この10年間、年がら年中家を空けていたので、その間、私を理解し、家を支えてくれた妻(旧姓:高橋美貴江/元日本代表)と子供たちには本当に感謝しかありません。
 今回の世界卓球も日本で試合を見てくれていて、「智和くん、強くなったね」とか「中国だけ応援がたくさんいてずるい」などちょくちょく連絡が来たので、応援してくれているのを感じてありがたいし、頑張らなきゃと思います。
 この場を借りて、妻にはあらためて感謝を伝えたいと思います。
 また、いろいろなものを犠牲にしながら私に力を貸してくれるスタッフのみんなにも感謝したい。成果を上げるためにはスタッフの力と存在は非常に重要で私の支えです。これからも男子の大きな目標達成のために一緒に頑張ってほしいと思います。

監督業は妻の理解が欠かせないと田㔟監督(右)。左が美貴江夫人。写真は2009年全日本混合ダブルス優勝時

スタッフのサポートも田勢監督の大きな力だ

--それでは最後に、今後の抱負をお願いします。

田㔟 すでに危機感しかないです。メダルを取り、中国とあれだけの試合をしたことは自信にはなりますが、今の男子の世界は本当にどこも強い。今回の成績に甘んじていては必ず足をすくわれます。すぐ強化に取りかからないと、確実に置いていかれる危機感があるので、大きな目標である2024年のパリオリンピックまで全く油断はできません。
 監督としては、選手たちが力を発揮できるよう、また、それを引き出せるよう力を尽くして頑張っていきたいと思います。

--これからも「田㔟ジャパン」に期待し、応援しています。本日はありがとうございました。

田㔟 こちらこそ、ありがとうございました。引き続き応援よろしくお願い致します。

メダル獲得にひたることなく、先を見据える田㔟監督


 実に、3時間に迫るインタビューだった。これまで、多くのトップ選手や指導者から話をうかがう幸運に恵まれてきたが、相手の話したいこと、こちらの聞きたいことを引き出すための会話のキャッチボールは簡単ではない。時には、30分にも満たないインタビューで頭がクタクタに疲弊することもある。
 しかし、田㔟監督とのインタビューは、気が付いたら3時間近くもたっていたという感じで、本当にあっという間だった。本稿をうまくまとめることができたかどうかは読者に委ねるしかないが、「選手と会話し、力を引き出したい」と指導方針を明かしてくれた田㔟監督の雰囲気づくりやさりげない受け答えに、まさに我々の取材能力が引き出された形だ。
 初陣でメダルを取っても、危機感しかないと田㔟監督は手綱を引き締める。中国の壁は依然高く、そのほかの国も手ごわい。日本男子にとって厳しい戦いが続くことは避けられないが、図らずも「田㔟マジック」を体感した以上、田㔟監督ならば、その並外れた会話力で選手の力を引き出し、最高の結果へ導いてくれると期待したい。

(まとめ=卓球レポート)

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