昨年、全日本卓球で初の王座に輝き、世界卓球では張本智和(IMG)とともに日本男子の主力としての地位を確かなものにした戸上隼輔(明治大学)。2022年は大きな存在感を見せた1年であった半面、国内外で思うような結果を残すことができない、苦難の1年でもあった。
そして、そうした1年のわだかまりを払拭(ふっしょく)するようなアグレッシブな戦いぶりで、戸上は2023年全日本卓球男子シングルス2連覇を達成した。その2日後、偉業を達成してなお、飾らない、リラックスした面持ちで株式会社タマスを訪れた戸上に、まだ熱戦の記憶も覚めやらぬ全日本卓球についてのインタビューを行った。
全3回の第1回では、初の全日本王者の座に就いてからの1年を振り返ってもらった。
--まずは、全日本チャンピオンとして過ごしたこの1年を振り返ってみて、いかがでしたか?
戸上 いやあ、苦しかったですね。トータルで言ったらたぶん7対3くらいで苦しい感情だったかな。うれしい感情よりは苦しい感情の方が多かったのは間違いないです。
--それはやはり全日本チャンピオンという肩書きのプレッシャーによるものでしたか?
戸上 最初の頃は「全日本王者として」という気持ちでいろいろな大会に出ていましたが、もう夏を越えたあたりから、あまり考えなくなりましたね。
--考えなくなったことで好転しましたか?
戸上 あまり変わりませんでした。肩の荷が下りてプレーがよくなったとか、プレッシャーから解放されたっていう感覚はあまりなかったですね。1年通してプレーもあんまりよくない大会が多かったので、苦しかったですね。
ちょっと切り替わったのは、9月に行われた第2回の選考会(2022 全農CUP TOP32福岡大会)で優勝することができて、次の世界卓球団体戦でいいプレーができたので、その時期からよくなり始めたかな。
--よくなり始めたきっかけはどこにあったのでしょうか?
戸上 理由は自分でもあまり分かってないですね。あの選考会の時はなぜか分からないけど、初戦から全日本(2022年全日本卓球)以来初めてくらいプレーがよくて、宇田(宇田幸矢/明治大学)、及川さん(及川瑞基/木下グループ)、準決勝で篠塚(篠塚大登/愛知工業大学)、決勝で智和(張本智和/IMG)に勝ったんですよ。
準決勝までの道のりが完璧すぎて、決勝は1ゲーム目は一方的にやられちゃったんですが、2ゲーム目を逆転で取ってからは自分のやりたい放題にできたという印象でした。だから、あの試合は今回の決勝でもう1回智和に挑むにあたって絶対に参考になると思って、動画を見返しました。でも、なんであの大会のプレーがよかったのかっていうのは見直せてはいないです。
--世界卓球2022成都もその流れでいいプレーができたのでしょうか?
戸上 世界卓球に関しては、本当に調整期間が長くて、その時期にみんなはTリーグがあったので、及川さんや智和は転々としながらやっていましたが、僕は常にトレセン(味の素ナショナルトレーニングセンター)に滞在していました。
時には、僕と横谷(横谷晟/愛知工業大学)だけの日とか、僕と曽根(曽根翔/T.T彩たま)だけの日とかがあって、田㔟監督(田㔟邦史男子ナショナルチーム監督)や、いろいろなコーチの方にほぼマンツーマンで練習を見てもらえたのが、すごくいい調整になりました。それで、自信を持って現地に行けたっていうのもあるし、その前の大会(第2回選考会)で優勝していたので、それも自信になっていました。
--世界卓球については前回のインタビューで詳しく聞いているので、割愛させていただきます。世界卓球後もすぐにパリ五輪の第3回選考会(2022 全農CUP TOP32船橋大会)がありましたね。
戸上 あまりこういうことは言わない方がいいかもしれませんが、あの大会は、価値が見いだせなくなっちゃったんですよね。モチベーションが低下してしまった部分があったんだと思います。
心境的に切羽詰まっている中での国内選考でしたが、勝ちたいという意欲を出し切れずに終わってしまいました。世界卓球という大きな大会が1つ終わって、選考会と比べてしまったというか、国内の試合で勝つことの価値が見いだせなかったんですよ。モチベーションの部分で難しかったですね。
--12月には、ブンデスリーガにも挑戦しましたね。
戸上 なんというか、ブンデスリーガの、特に初戦は世界卓球の時と比べてもすごい緊張しました。日本代表と違って「プロ」としての責任の大きさを目の当たりに感じることがあって、僕のいるオクセンハオゼンにはフランスのゴズィーやスペインのロブレスなど各国のエースがいるので、1敗でもしたら次の試合で使ってもらえないんじゃないかという怖さがあって、初出場の時はすごい緊張しました。
--日本代表とはまた別の重みがあるんですね?
戸上 そうですね。まったく別物ですね。
--そのプレッシャーはどのように乗り越えましたか?
戸上 乗り越えたっていう感覚はまだなくて、あの舞台でも勝てる選手が世界で活躍できる選手だということを思い知らされました。
今、6試合やって、4勝2敗という成績ですが、まだ1試合も自分の思うようなプレーができていなくて、100パーセントの力を出し切れた試合が1試合もないので、やり残した感は、正直まだあります。
--ブンデスリーガで学んだことはありますか?
戸上 ヨーロッパの調整の仕方と日本の調整の仕方が全然違うのを感じましたね。ヨーロッパの選手はあまり練習量が多くなくて、なおかつ、自由という感覚でした。日本の選手は結構練習量が多くて、試合前にどんどん増えていったりするんですが、ヨーロッパは逆に、どんどん減っていくので不安でしたね。本当にここで強くなれるのかって。
実際に、なんでドイツで自分のプレーができなかったのかと考えたときに、練習量が少ないヨーロッパ人に合わせすぎた部分はあると思います。だから、今回全日本で優勝できたのは、ドイツに行ったおかげとはまったく思っていないですね。正直、ブンデスリーガの経験を生かし切れたかと言われると、生かし切れていませんし、ブンデスリーガでは海外の選手と対戦する機会が多いので、国際大会で活躍して初めて、ドイツに行ってよかったなって思えるのかなとは思います。
--ゴズィーらチームメートから影響を受けた部分はありますか?
戸上 シモン(ゴズィー)は調整で多球練習を多用するんですよ。僕はそこまで多球練習をやる調整方法を採っていませんでしたが、ヨーロッパでは調整で多球練習を増やしていく選手が多いと感じました。智和もそうですね。絶対に多球を練習の最後に入れています。
それを参考にして、自分も全日本前は多球練習をどんどん入れて、練習量を増やしていきました。
--基本的な質問ですが、1球練習と多球練習ではどのような違いがありますか?
戸上 やっぱり1球だと、こちらの打ったボールに対して相手が打ち返してくるという点で、試合に似ています。多球練習だと、こちらがミスをしてもどんどん次のボールが来るじゃないですか。大きく動いて、戻るとか、2球目、3球目、4球目のシステム練習とか、そういう細かな動きの練習ができるよさがあります。普段、1球練習では集中してやらないような、台上からブロックとか、台上からドライブしてもらってカウンターなどのパターンも多球練習でやりました。それでどんどん調子がよくなって、自分のプレーの幅が広がっていきました。
多球練習は、世界卓球前もやりましたし、今までも全然やってこなかったというわけではありませんが、システムを取り入れた多球練習は日頃はやらないので、今回は集中的に全日本前に反復練習をしたということです。
--そして、年末にドイツから帰国して、年始はすぐに世界卓球2023ダーバンのアジア大陸予選会でしたね。準備が難しかったんじゃないですか?
戸上 年始早々本当に苦しい思いをして......。準備不足でしたね。もちろん、年末年始で練習量が減ってしまうのは仕方ないんですが、向こう(カタール)に行ってからの試合への意気込みというか覚悟というか、試合に入る前の気持ちが薄かったというのはありますね。
もちろん、通らないといけないという使命感はありましたが、それ以上に「何で出ないといけないんだろう」という思いがありました。「(世界卓球の大陸予選なんて)今までなかったのに、なんで今年から始まったんやろ?」みたいな疑問の方が大きくなってしまって、そういう気持ちが試合にも影響してしまったのかもしれません。
でも、やっていくうちにSNSなどを通じて卓球ファンの方がすごい応援してくれるようになって、それは本当にモチベーションにつながりました。それがなかったら、本当に最後まで厳しかったかもしれません。
ダブルスが、相手の棄権で試合をせずに通過が決まってしまったので、そこで1試合しておきたかったというのもありましたね。
次回(第2回)は、全日本卓球前の調整中に起きたさまざまな気づき、そして、全日本卓球の各試合について詳しく聞いていく。
(敬称略)
全日本卓球男子シングルス2連覇!! 戸上隼輔インタビュー 第2回(全3回)
(まとめ=卓球レポート)