昨年、全日本卓球で初の王座に輝き、世界卓球では張本智和(IMG)とともに日本男子の主力としての地位を確かなものにした戸上隼輔(明治大学)。2022年は大きな存在感を見せた1年であった半面、国内外で思うような結果を残すことができない、苦難の1年でもあった。
そして、そうした1年のわだかまりを払拭(ふっしょく)するようなアグレッシブな戦いぶりで、戸上は2023年全日本卓球男子シングルス2連覇を達成した。その2日後、偉業を達成してなお、飾らない、リラックスした面持ちで株式会社タマスを訪れた戸上に、まだ熱戦の記憶も覚めやらぬ全日本卓球についてのインタビューを行った。
全3回の第2回では、全日本卓球前の調整中に起きたさまざまな気づきについて、そして、男子シングルス初戦となった4回戦から5回戦(ベスト16決定戦)までを詳しく振り返ってもらった。
--アジア大陸予選会で何とか世界卓球2023ダーバンの出場権を獲得して、帰国して2週間弱で全日本卓球でしたね。どのように切り替えましたか?
戸上 もう不安でいっぱいでしたね。あれだけカタールで自分のプレーが一切できないまま帰ってきて、まず休むかどうかを考えましたが、「このまま休んだら絶対に全日本までこのままや」と思って、すぐに練習に取りかかりました。
そこからの10日間は不安を打ち消すように練習に取り組んで、日に日に本当によくなっていくのを感じて、自信に変わっていきました。試合もプレッシャーよりも楽しみに変わっていきました。
--よくなっていったのは具体的にはどういうところで感じましたか?
戸上 ボールの球持ちがよくなったということを一番に感じました。カタール(アジア大陸予選会)では結構ボールがラケットと反発して、ボールが直線的になってしまってネットミスが多かったんですが、帰国して練習を始めてからはボールが弧線を描くようになって、フォアハンドもバックハンドもラリーも安定して入るようになっていったので、球持ちのよさの感覚がプレー全体の調子にも影響していたのかもしれません。
--その球持ちのよさは何に起因していたのでしょうか?
戸上 (用具は変えていないので)体の使い方、足の使い方とかですかね。それを意識的に変えていったっていうよりは、練習をやりこむことによってだんだんよくなっていったという感じです。
やりこんでいく中で、めちゃくちゃいろいろ試すんですよ。調子がよかったときの自分の試合、例えば、世界卓球や優勝した選考会の試合の動画を見て、足の向き(つま先をどっちに向けるか)や足の構え(左足前だったり平行足だったり)をいろいろ試すんですよ。そうすると、たまにしっくりくることがあって、「あ、そういえば(調子がいい時は)こういう感じでやっていたな」といい時の状態をちょっとずつ思い出しながら、どんどん右肩上がりでよくなっていきました。
--スタンス以外にはどんなところを調整したんですか?
戸上 調子が悪い時って、フォア前を結構遠く感じるんですよ。それでひじが伸びてしまって、感覚がよくないっていうのが試合の他の部分にも影響してしまうんですね。調子が悪い時にフォア前からラリーになると、すぐに台から離れてしまうことが多かったので、台上(フォア前)に入ってから、戻る歩数とか足の動きをめちゃくちゃ細かく意識しました。戻ったときの足の形も平行じゃなくて左足前にして戻ると、次のボールがフォア側に来た時にも動けるし、コースの打ち分けも簡単にできる、ミドルに来た時もちょっと切り替えるだけでカウンターができる、というのも見つけたりしました。
フリーハンドの高さや位置も意識しましたね。チキータを打つ時はこれくらいの高さだったかなとか、バックハンドを打つ時はもっとボールと近いところで空間を作っていたなとか、本当にいろいろ試行錯誤しながらやりました。
--そうやって見つけたものを反復練習で自分のものにしていったんですね。
戸上 そうですね。でも、意識せずにできたのは準々決勝とか準決勝あたりからですね。6回戦の濵田戦(濵田一輝/早稲田大学)の時は7割くらいで、まだしっくりきていませんでした。濵田にバック側に強打された時に、フォア側に体が開いてしまっていて、ブロックの時にすごく面がブレてしまっていたんですよ。それで、なんでだろうと思って、ちょっと重心を左足にかけてみたら、自然とバック側のボールを待てるようになって、準々決勝の田中さん(田中佑汰/愛知工業大学)の時は、バック対バックでいい展開ができました。
そうやって、重心とか足の角度(つま先の開き具合)、スタンスの広さ、バックハンドを打つ時のラケットの出所とか、いろいろ試しましたね。
--試合中に調整してだんだんよくなっていったんですか?
戸上 濵田戦の時は、試合中には答えに至らないまま終わってしまったので、試合が終わってから、なんであんなにブロックミスしたんだろうというのを考えて、次の日の田中さんの試合の前にめちゃくちゃ練習して、調整していきました。
5回戦の小林(小林広夢/日本大学)の時にも気づいたことがあって、小林は左利きですが、その時の僕の構えが、足は平行で小林のフォア側に向いているけど、顔だけ小林の方を向いているという形になっていたんですね。そうすると、フォア前にチキータに行く時に時間がかかるので、最初から足も小林の方を向いていればいいんじゃないかと思って、やってみたらすごい入りやすかったし、ロングサービスに対しても対応しやすいと気づいて、相手を真正面に見る構えもいいんだなと思って、試したりもしました。
--先ほど言っていたスタンスの広さというのは?
戸上 スタンスの広さで、懐の深さ(スイングする空間の広さ)が変わってくるので、それも広すぎず狭すぎずちょうどいいところを見つけました。今まではちょっと広くなりがちなクセがあったというのを、過去の試合を見て気づいたので、ちょっとずつ狭めてみたら、ちょうどいい、しっくり来るところがあって、台上にも入りやすいし、動きやすくなりました。
--今まではトーナメントの中で調整を繰り返してよくなっていくということはなかったんですか?
戸上 めったにないですね。完璧な状態のまま大会に入ることって少ないので、絶対にどこかで試行錯誤して調整しながら試合を連続してやっていかないといけないんですが、正直、なかなかよくなることはないですね。
試合を重ねるごとに、緊張がほぐれて右肩上がりになっていくということはありますが、技術面でどんどんよくなっていくというのは僕自身あまり経験したことがありません。だから、今回の全日本のようなケースは初めてですね。
ただ、今回は大会が始まってからではなく、全日本の前からずっと考えながらやってきたのがよかったのかなというのはあります。今回は、体の状態も技術も決勝が一番よかったですね。
--それでは男子シングルスを1試合目から振り返っていただけますか。まずは、4回戦の泊航太(日本体育大学)戦からお願いします。
戸上 不安の中で試合に入りました。楽しみというのは、まだ、この試合の時にはありませんでした。田原さん(田原彰悟/愛知工業大学)に勝ってきている選手だったので、侮れない相手でしたね。緊張は一切ありませんでしたが、自分のプレーができるかどうかという不安が大きかったです。結果的には4対0で勝てて、競った2ゲーム目を取れたのがよかったですね。
その前に、ダブルスの試合もしていて、インカレの決勝で負けてすごく警戒していた篠塚/田中(篠塚大登/田中佑汰。ともに愛知工業大学)に3対0で勝てたのがすごい自信になって、いい状態で入れたというのはありました。でも、シングルスで自分のプレーを最大限発揮できるかどうかという不安は大きかったですね。
--1試合目でいい内容で勝てて、その不安は払拭できましたか?
戸上 1試合目は自分の最高のプレーが10割だとすると、自分の中では7割くらいはできたので、悪くはなかったと思います。不安はかなり減りました。
--2試合目、5回戦の小林広夢(日本大学)戦はいかがでしたか?
戸上 小林はインカレの準決勝で宇田が負けた試合を間近で見ていたので、強くなってきているのもプレーを見て分かっていました。やっぱり上がってきたなと思いました。
久しぶりの対戦だったので、どういうプレーをするのかはあまり分かりませんでした。サービスがうまかったり、ラリーでミスが少ないという印象があって、やっていくうちにだんだん慣れていくだろうと思っていましたが、終始相手のサービスに苦戦する展開になりました。
2ゲーム目がものすごい競ったんですが、その時に頭をよぎったのが、男子シングルス2回戦でやっていた五十嵐さん(五十嵐史弥/滋賀県スポーツ協会)と木造さん(木造勇人/個人)の試合で、1ゲーム目で18-16で五十嵐さんが取って、そのまま3対0で勝っていたんですよね。その試合の結果を見ていたので、僕も、小林戦で14-14くらいから、このゲームを取れば絶対に流れで持っていけると思って、より集中してこのゲームを取りに行きましたね。このゲームを19-17で取れたのが大きかったです。
次回(最終回)は、全日本卓球6回戦から決勝までを振り返るとともに、勝因分析、そして、今後の目標を聞いた。
(敬称略)
全日本卓球男子シングルス2連覇!! 戸上隼輔インタビュー 最終回(全3回)
(まとめ=卓球レポート)