昨年、全日本卓球で初の王座に輝き、世界卓球では張本智和(IMG)とともに日本男子の主力としての地位を確かな物にした戸上隼輔(明治大学)。2022年は大きな存在感を見せた1年であった半面、国内外で思うような結果を残すことができない、苦難の1年でもあった。
そして、そうした1年のわだかまりを払拭(ふっしょく)するようなアグレッシブな戦いぶりで、戸上は2023年全日本卓球男子シングルス2連覇を達成した。その2日後、偉業を達成してなお、飾らない、リラックスした面持ちで株式会社タマスを訪れた戸上に、まだ熱戦の記憶も覚めやらぬ全日本卓球についてのインタビューを行った。
最終回となる今回は、全日本卓球男子シングルス6回戦から決勝までを詳しく振り返ってもらうととともに、今大会で得られたもの、今後の目標を聞いた。
--6回戦(ベスト8決定戦)が濵田一輝(早稲田大学)戦ですが、4回戦、5回戦に続いてまた大学生ですね。
戸上 なんか大学生とばっかりやってるな、1人でインカレ戦ってるのかと思ってたら、最後(決勝)まで全員大学生で、インカレ個人戦がここだけ開催されているのかと思いました(笑)
だから、僕が対戦した選手みんな若いんですよね。やっぱり、新時代が到来したのかなという感じですね。
濵田選手はすごい執念を感じる選手です。1つ前の試合で松山さん(松山祐季/協和キリン)、その前の試合で神さん(神巧也/ファースト)に4対3で逆転勝ちして勝ち上がってきていますからね。粘り強いですし、勢いもある選手なので、なおさら負けられないと思いましたが、ベスト8決定戦でしたし、どのゲームも簡単には取れないだろうなという意気込みで試合に入りました。やっぱり、なかなか点数を取らせてもらえない苦しい試合でした。
濵田は守備がうまく、前陣でも早いテンポでストレートに回してきたり、下がっても粘り強く入れてきて、どこに打っても結構戦術を幅広く使ってくるのでやりづらかったです。
(ゲームカウント)2対1で、取りたかった4ゲーム目を14-16で落としましたが、このゲームは濵田がフォア前に縦回転のサービスを混ぜてきて、チキータに入れなかったり、サービスを散らされて僕のレシーブミスも多くて、最後もレシーブミスで落としてしまったので、落としても仕方がないと割り切って考えました。
それまでも攻めていれば得点している展開が多かったので、どんなサービスが来てもできるだけチキータでレシーブして、そこからラリーで、打っても打っても返ってくるので、辛抱強く攻め続けるという戦術に切り替えました。
--準々決勝は田中佑汰(愛知工業大学)との対戦でした。
戸上 田中さんにはここ最近負けていないので自信はありましたが、大学生チャンピオンですし、海外でも経験を積んでいますし、警戒はしていました。田中さんも戦術の幅が広くて、バック対バックも強いので、バック対バックに執着せずに、すぐにミドルやフォアに振ってラリーにするという展開で、相手を崩す戦術で戦いました。
あの試合では、フォア前にストップされても、自由にコートを広く使って、バックにツッツキしたり、バック前にストップできたり、フォア前だけではなくバックサイドもうまく使えたので、それはすごくよかったです。
この試合の途中からすごく落ち着いて、相手を冷静に見られるようになってきていましたね。だから、ストップして、相手が台から離れたなと思ったら、落ち着いてもう一回ストップしたり、ストップ対ストップの展開で優位に立てたので、それが安心材料になって落ち着いてプレーできました。
--準決勝の篠塚大登(愛知工業大学)戦は苦しい立ち上がりでしたね。
戸上 2ゲーム目までは相手にとことん崩されていましたね。篠塚は1歩下がってゆっくりドライブをかけてきたり、回転系のボールで僕のバック側をめちゃくちゃ狙ってきていました。ですから、3ゲーム目からは、ブロックでもいいからとにかく入れる、相手のボールに慣れるというところから入って、7ゲーム目までいく間にはボールにも慣れてきて、打撃戦が多くなっていったという感じですね。
篠塚の1番の武器はサービスだと思っているので、相手が何を一番嫌がるかを考えた時に、「レシーブでめちゃくちゃ圧をかける」っていうことだと思うんですね。後半はそこで相手にプレッシャーをかけることができたと思います。
具体的には、最初はフォア前に来たサービスに対しても、チキータしていましたが、途中からはフォア前はフォアハンドで取るというふうに切り替えられたのがよかったです。そうすると、バック側へのロングサービスが効かなくなるので。バックロングをしっかり強気で回り込んで打ったら、それからはほとんど出してこなくなったので、フォア前を無理にチキータに行かなくなったのは正解でしたね。
--そして、2年連続の決勝ですが、相手は張本選手でした。どのように臨みましたか?
戸上 ダブルスを見ていても張本がめちゃくちゃ強かったんですよ。だから、勝てる自信もそこまでなくて、正直、やるだけだなと、当たって砕けろみたいな感じでした。だから、あんなにうまくいくとは思っていなかったですね。
守備は本当に強くて、すごく返ってきたというのはありますが、そこまで圧を感じなかったですね。こちらがいくら緩急を付けても、ずっと同じブロックだったので、やりやすかったです。
張本は序盤の対戦相手がカット2人で、準決勝の曽根(曽根翔/T.T彩たま)戦も見ましたが、ブロックをめちゃくちゃ使ってて、そういう影響もあったのかもしれませんね。
僕は、打球点はすごく意識しました。できるだけ高いところで打てるようにしたり、ちょっと前に入ってボールの後ろを捉えたり、単調にならないようにしました。
--「渋谷浩の眼」で渋谷が「戸上はラブオールから張本のバックハンドに対して何でもできる位置取りができていた」と言っていましたが、位置取りはどれくらい意識していましたか?
戸上 第2回の選考会で、張本に打たせてからこちらが攻めるという展開がはまっていたので、相手に打たれてもいいように、田中さんや篠塚とやった時よりも、ちょっと距離を取ってプレーしていました。
--この試合のポイントはどこにあったと思いますか?
戸上 1ゲーム目の途中で、「僕が海外で見ているようないつもの張本じゃないな」というのは感じて、2ゲーム目は序盤もいい流れで入っていきましたが、結局10-8からアンラッキーが2本続いて逆転されて......。あの2本で仕留めて、2対0にしたい気持ちが強すぎて、取られた時に結構ショックで、頭が真っ白になりました。
3ゲーム目は我慢のゲームでしたね。このゲームも10-8から追いつかれてジュースになったんですが、今思えば、このゲームを取られてたら負けてもおかしくなかった、鍵となったゲームでしたね。何本も張本にゲームポイントを取られて、僕としては我慢のゲームでした。
ただ、12-13で張本がタイムアウトを取って、その後すぐに僕が1ポイントを取り返したんですが、またすぐに取り替えされて、今度はヤバいと思いましたが、その時に張本のミスが結構弱気のミスの仕方だったので、これは振り切ればいけると思って、思い切っていきました。
張本のタイムアウトの時は、僕はもうチキータ一択かなと思っていました。水野さん(水野裕哉/明治大学コーチ)も攻めるしか得点を取る方法はないと言ってくれたので、チキータして、バック対バックからいかに自分がフォアかフォアミドルに振れるかという展開だと思って臨みました。
タイムアウトを取られたこのゲームを自分が取ったら、すごく優位になるじゃないですか。だから、このゲームは絶対に取りたいと思ってプレーしました。
その後も、5ゲーム目は落としましたが、僕のミスが多かったんだと思います。何か特別なことをやられたという印象はありませんでした。
--2連覇に王手がかかって、心境の変化はありませんでしたか?
戸上 もちろん、ちょっとは考えましたが、5ゲーム目に入った時には集中していました。でも、そのゲームで序盤からミスが結構増えたので、やっぱり焦りはあったかもしれません。正直、5ゲーム目で終わりにしたいっていう気持ちが強かったですね。
もう結構前の話になりますが、張本には僕が高校3年生の時に全日本の準決勝で3対1から逆転されてしまったり、Tリーグの個人戦でも3対2からまくられてしまったりということがあって、6ゲーム目は、このゲームで取らないと絶対にのみ込まれてしまうから、死ぬ気でこのゲームを勝ち取るという感じで臨みました。出足も大分よくて、自分のプレーも取り戻すことができたので、すごくよかったです。
--水谷隼さん(木下グループ)以来の連覇ですが、連覇を達成したことについてはどう思いますか?
戸上 今になっても本当に実感がないですね。今年は「継続した」という感覚で、「優勝した」という感覚はそこまでなくて、去年の優勝してからの1年間の苦しさは身にしみて感じているので、またこの苦しい道のりにもう1回挑戦できるんだっていう思いの方が大きいですね。去年と同じような苦しい1年間にはしたくないですね。
今回の全日本で、自分の調子を上げるきっかけ、練習方法を知ることができて、自分の成長の仕方がわかったので、次の大会は国際大会ですが、また1からよかった調整に取り組めば、いい結果が生み出せるんじゃないかという期待はしています。
今の自分に合った調整方法はヨーロッパスタイルではないですね。水谷さんは、特に選手生活の最後の方は、他の日本人選手と比べて練習量が少なかったですが、僕は僕、張本は張本で、やっぱり1人1人に合った調整方法があるんだなというのはヨーロッパに行って気づけたことでもあります。
今後は、ドイツに行ってもみんなと同じ行動をしていたらあまりいいプレーができなくなると思うので、自分に合った方法でやっていけたら、必然的に安定につながるのかなと思います。
--今後、パリ五輪の選考ポイントも2倍になり、代表争いはより熾烈になっていくことが予想されます。パリ五輪に出場するために、戸上選手には何が必要だと思いますか?
戸上 今の立場をもっと底上げしたいですね。世界ランキングでいち早く20位以内に入って、日本で必要とされる選手にならないといけないというのは感じています。正直、国内だけで勝てるという思われ方も嫌なので、そういう印象から脱却するためにも、早く世界ランキングを上げて世界で活躍したいです。
WTTが3月までに3大会続くので(WTTコンテンダー アンマン、WTTスターコンテンダー ゴア、シンガポール スマッシュ2023)、そこがまず大事ですね。5月にまたパリ五輪の選考会と世界卓球2023ダーバンが入ってくるので、それまでにいち早くランキングを上げて世界卓球に臨むためにも、WTTを頑張ろうという感じです。
--昨年、自分の中で1度は降ろした全日本チャンピオンの看板をまた自ら背負ったわけですが、改めてこの1年にはどのような意識で臨みますか?
戸上 今年1年は挑戦の年になるので、もう1回タイトルを背負ったとはいえ、現在、パリ五輪の国内選考ランキングも3位、日本人選手として世界ランキングも4番手なので、チャンピオンとしてよりも「日本男子の3、4番手」という立ち位置からやっていきたいと思っています。
世界ランキングも国内選考のポイントもどんどん上げていきたいので、全日本チャンピオンという肩書きは忘れたいと思っています。
不安も葛藤も隠さず、分からないことは分からないと答え、高すぎず低すぎないテンションで、決して雄弁というわけではないが、事実と自分の考えを過不足なく述べる。話す内容も「王者然」としたところはなく、常人離れしたエピソードを求める者は肩透かしを食らうに違いない。
当然と言えば当然だが、インタビューではプレー中の覇気も、マイクパフォーマンスでのプロレス好きのショーマンシップも鳴りを潜め、取材の合間には、スマホをいじりながら鼻歌でVaundyを歌う。
実に「普通」の若者ではないか。はっきり言って、全日本の男子シングルスを2連覇するような選手として、この普通さは異常なほどだ。だが、この異常なほどの普通さが、戸上を王者たらしめているのかもしれない。
「めちゃくちゃうれしい」と言いながらも「全日本チャンピオンの肩書きは忘れたい」と翻す。そして、おそらく、意図された「謙虚さ」や「チャレンジャー精神」などとは無縁のところで、ただ本当に自分が全日本を2連覇した選手だという事実を文字通り忘れて普通にプレーできる強さが戸上にはある。
「成長の仕方が分かった」という力強い言葉にうそはないだろう。とはいえ、右肩上がりの成長が絶え間なく続くということもないだろう。低迷も挫折も成長にはつきものだからだ。だが、戸上があらゆる肩書きを忘れて戸上隼輔である以上、私たちは彼の活躍する姿を見続けることになるに違いない。
(敬称略)
全日本卓球男子シングルス2連覇!! 戸上隼輔インタビュー
第1回「全日本王者としての1年は、苦しかった」
第2回「全日本前の10日間は不安を打ち消すように練習に取り組んだ」
(まとめ=卓球レポート)
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プレゼントをご希望の方は、注意事項をお読みの上、下記の応募フォームよりご応募ください。
締切は2023年2月12日23時59分です。
当選者の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます。
たくさんのご応募ありがとうございました!
受付は締め切らせていただきました