待ちに待った6年ぶりの優勝、そう思う余裕もなかったのだろう。
フォアハンド強打を受けた戸上隼輔(明治大)のブロックがオーバーし、最終ゲーム16-14で全日本王者の座に返り咲いた瞬間、張本智和(智和企画)はしばしぼうぜんと立ち尽くし、それから、崩れ落ちるようにして両膝をフロアに着いた。
球史に残る名勝負。会場であれ、画面越しであれ、あの瞬間に立ち会った者なら、その言葉が少しも大げさでないことに賛同してくれるだろう。
それから数日後、張本はあの熱狂の渦中にいたのがうそのような自然なたたずまいで、卓球レポートの取材に応じてくれた。私たちは、静かに、居住まいを正してチャンピオンの言葉に耳を傾けた。
インタビュー第1回は、全日本へ向けての準備と、男子シングルス4回戦から準決勝までの戦いを振り返ってもらった。
「始まる前から半分以上の確率で負ける、
2位でもおかしくないと思っていた」
--今回の全日本を振り返っていただく前に、一つ聞かせてください。昨年11月に大阪で開催された最後のパリ五輪選考会で、決勝で戸上選手には敗れましたが、張本選手が選考ポイント1位でオリンピックの男子シングルス出場が内定しました。その時のインタビューで「オリンピックでメダルが取れれば、全日本で勝てなくてもいい」という趣旨の発言をしていました。あの発言はどのような真意があったのでしょうか。
張本 たぶん、戸上さんが怖かったんだと思います。戸上さんが強いのは分かっているし、戸上さんに勝つのが難しいと分かっていたからこそ、「全日本では負けても、オリンピックは大丈夫だ」というつもりでした。
戸上さんに負けても、オリンピックでメダルが取れないわけではないと本当に思っていて、「そこは別」と切り離していました。でも、正直、全日本は取りたいけど、戸上さんには簡単に勝てないだろうという半分半分の気持ちでしたね。
全日本で当たったら、よくて互角、どちらかといえば押されている相手だったので、始まる前から半分以上の確率で負ける、2位でもおかしくないと思っていました。
--どうしてそのような苦手意識を持つようになったのですか?
張本 最初は自分が苦手なだけかと思っていましたが、最近の世界での戸上さんを見ていると、ランキングも20位台に入ってきましたし、10位台にももうすぐ入ってくると思います。元々の破壊力をキープしたまま、ミスをしなくなってきているので、ラリーで勝つのが本当に大変だなという感じでした。
シンプルにバック対バック、フォア対フォアでは五分五分だと思います。勝負を分けるのはサービス・レシーブ、戦術、どちらが思い切りできるかだけの差なので、かつての馬龍対張継科、馬龍対樊振東(いずれも中国)ではないですけど、その日強い方が勝つ、そのレベルまで来ているのではないかと思います。
--今大会は直前まで国際大会(WTT男子ファイナルズ2023ドーハ、WTTスターコンテンダー ドーハ、WTTコンテンダー ドーハ)に出場していましたが、今回の全日本にはどのような準備をして臨みましたか?
張本 男子ダブルスが僕にとっての初日でしたが、まだ全然時差ボケが残っていました。夜はあまり寝付けなくて、朝もちょっと早く起きてしまうような状態で。でも、自分が60%くらいの状態ならこれくらい勝てる、70%の状態ならこれくらい勝てるというのが分かるので、ダブルスはある程度いけるし、シングルスも決勝まではいけるという自信があったからこそ、カタールの3大会に出ると決めました。その通りの結果になったんじゃないかと思います。
「宇田戦は雰囲気があの時と似ていて
ちょっと怖いと感じた」
--シングルスを振り返って、ヤマ場や苦しい試合はありましたか?
張本 ヤバいとおもったのは、木造(木造勇人/関西卓球アカデミー)戦、宇田(宇田幸矢/明治大)戦、戸上戦の3試合です。
木造戦は初戦(4回戦)というのもあって、僕のベンチに木造さんの元コーチの董さん(董崎岷コーチ)がいて、思い切って来るだろうなと思っていたらその通りになりました。1ゲーム目は逆転されて、2ゲーム目も10-10で、あのゲームを落としていたら初戦で敗退していてもおかしくなかったと思います。
木造さんは格下とやるときは調子が悪いときがありますが、格上とやるときは打球点が早くて強い選手なので、そういうプレーをされて、本当にギリギリでしたね。
6回戦の丹羽さん(丹羽孝希/スヴェンソンホールディングス)は久しぶりにプレーしましたが、本当に昔と同じ感じで、こちらに打たせてくるし、ずっと自分が攻めていても余裕がない感じは今回もありましたね。
ずっと自分が攻めていたのに4ゲーム目を取られてから一気に展開が悪くなって、ヤバいなと思いましたね。いつも丹羽さんとやるとそういう感じで、「なんで押してるのに、気づいたら3対3なんだろう」とか、今回もそうなりかけましたけど、5ゲーム目で流れを切れたのは、自分の成長したところかなと思います。
宇田さんは、一撃の破壊力は戸上さんに引けを取らないので、3、4ゲーム目ははまりかけましたね。4年前の全日本みたいに、ただフォア前にハーフロングのサービスを出して回り込むというシンプルな戦術ですが、あの戦術はいつやられても難しいですね。
そこからレシーブを少しフォア側にチキータしたり、バックに来たドライブをちょっと強く返したり、あそこで頑張れたのは大きかったです。あと、運もありました。5ゲーム目の6-6からエッジとネットが3本続いて、そこは正直、申し訳なかったですけど、2対2からの5ゲーム目を取れたのは大きかったですね。
ただ、4ゲーム目は相手のいいボールもあったし、自分の凡ミスもあって取られ方がよくなかったです。ただ相手が攻めているだけならまだしも、9-9から僕がフォアハンドを2本ミスしたし、コートも4台に減って、雰囲気もあの時(4年前の決勝)と似ていて、ちょっと怖いと感じました。
篠塚(篠塚大登/愛知工業大)は高い安定性が持ち味の選手ですが、安定性でも僕の方が上だと思っていましたし、フォアもバックもパワーもスピードも負けていないという自信はありました。それでも簡単にミスはしてくれないので、自分がいいプレーをしないと勝てないとは思っていましたが、やりたいことはやらせてもらえたので、最後まで普通のことをやりきったという感じですね。
--決勝までは順当に勝ち上がれたという感じでしたか?
張本 4対0で勝てたのは5回戦の萩原(萩原啓至/愛工大名電高)だけで、他の試合は全部ゲームを取られているので、ちょっと危ないシーンはありましたが、取られた次のゲームを取りきれば大丈夫という感じで、なんだかんだで決勝まで行けましたね。
「シングルスで勝てれば大丈夫と思えた」
--シングルスの決勝の前日は、男子ダブルスの決勝で負けましたが、その影響はありませんでしたか?
張本 ほぼ全くなかったですね。悔しさも思ったよりなかったです。日大ペアの出来がよすぎて、小林さん(小林広夢/日本大)の一撃は全部入るし、それを支える伊藤君(伊藤礼博/日本大)のプレーもすごくよくて、フォア前のボールをちゃんとストップできるし、バック側は回り込みもできるし、本当に手堅いプレーができるようになっていました。小林さんがいるから、伊藤君のプレーがあるし、伊藤君がいるから小林さんのプレーがある。本当にバランスの良いペアで、日本で一番のペアでした。
あとは、去年はダブルスで優勝して、シングルスで負けましたが、「ダブルス優勝したっけ?」って思うくらいシングルスの負けが悔しかったので、今年はダブルスで負けたあとも「明日、シングルスで勝てれば大丈夫」という気持ちではありました。
--10日前にWTTコンテンダー ドーハでも戸上選手と対戦して3対2で勝っていましたが、この試合の影響はありましたか?
張本 シンプルに「勝てた」ことで、いい影響があったと思います。勝ち方を知っているというか、真っ向から打ち合って勝てたので、「戸上さんに勝った」という自信はしっかりついていました。
それでも、去年やった通り、「全日本の戸上」というのはちょっと違うものがあります。WTTの戸上さんとはひと味違って、攻撃力も精度もカタールの時よりも1段階も2段階も上で、「やっぱり全日本の戸上さんは強いな」と出足で6点連続で取られて感じました。
--その普段の戸上選手と全日本の戸上選手の違いはどこから生じていると思いますか?
張本 開催されている場所が海外か日本かというだけですね。やっぱり日本で日本の観客がいてっていう方が、戸上さんはやりやすいのかもしれません。僕が宇田さんに決勝で負けた時の全日本でも、準決勝で戸上さんに1対3で負けて(リードされて)いましたし、全日本という舞台に強いなとずっと感じていました。表情もプレーものびのびとしています。
逆に海外だと、僕の方が世界ランキングが高いので、戸上さんがそういうのを感じているのか分かりませんが、全日本の時はメンタルの持ち方がうまくできているなというのは感じていました。
(第2回に続く)
(取材=卓球レポート、文=佐藤孝弘)