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初代MLTT王者インタビュー 
笠原弘光が発見した卓球新大陸(後編)

 2023年にアメリカで発足プロ卓球リーグ、メジャーリーグテーブルテニス(以下、MLTT)。そのファーストシーズンに日本から参戦し、優勝チーム、テキサススマッシュの主力選手として活躍した笠原弘光(ハンディ)に、参戦の動機から、優勝への道のり、そして、アメリカにおける卓球の可能性などについて幅広く聞いた。
 インタビュー後編では、MLTT初代王者までの道のりと、アメリカでの卓球シーンの可能性、そして、笠原の今後の目標などについて聞いた。【前編を読む】



「みんなで卓球という作品を作り上げていく感覚だった」

--シーズンを通じて、アメリカ初の卓球リーグであるMLTTでプレーしてみてどう感じましたか?

笠原 リーグもですが、アメリカ自体が楽しくて、ストレスなく生活できました。試合もちょっと変わったシステムだったので、みんなで卓球という作品を作り上げていくという感覚でしたね。
 試合は試合でしっかりやりますが、そこを離れると、リーグのオーナーやチームメートをはじめ、裏方の方や、相手チームの人たちまで、リーグに関わる全ての人がフレンドリーな仲間という感じもありました。

--アメリカでプレーするという経験もこれまであまりなかったと思いますが、その点はいかがでしたか?

笠原 USオープンに2回出場したことがありますが、試合をしに行くだけだったので、現地の様子も全然分からないし、現地の選手の練習環境なども分かりませんでしたが、今回行ってみて、卓球をやっている人自体は結構多いと思いました。卓球場にレッスンを受けに来る人も結構多くて、卓球人口は多いと感じました。
 シーズン前は、僕の出る試合があるときにアメリカに行って、試合が終わったら日本に帰ってきてを繰り返すつもりでしたが、向こうで生活することができたので、最長で2カ月間滞在していたこともありました。

--アメリカではベースメントプレーヤーと呼ばれる自宅の地下室やガレージで卓球を楽しむアマチュアの選手が多いイメージですが、卓球場でプレーする層が増えているんですね。

笠原 僕が滞在していたサンフランシスコのベイエリアというところは卓球が盛んで、中国系の人が多かったですね。
 ベイエリアが会場になった時は、結構お客さんが入りました。プレーオフファイナルは席数も増やして観客もたくさん入っていたと思いますが、レギュラーシーズンではそれほど入っていないところもありました。
 来年はもっとお客さんが入りそうなところで開催していく方針だと聞いています。

--試合はどこで行われていたのですか?

笠原 8チーム、それぞれの本拠地で1回ずつやりました。会場によって大きさが結構違って、アイスホッケーのアリーナとかバスケットボールのアリーナは大きかったですね。その会場の真ん中に試合用のセンターコート1台と、練習用の台が4台が置いてあるという感じです。会場ではビールやスナックも売っていて雰囲気はよかったですね。

--アメリカの卓球シーンに将来性は感じましたか?

笠原 可能性は感じましたね。いろいろなところにかなりお金をかけていて、運営側もプレーヤーも経済力があると思いました。何10台も置いている町の卓球場もいつ行ってもフル稼働でしたし、テキサススマッシュのオーナーもそうですが、億を超える額をポンと出すことができる裕福な人がたくさんいると感じました。

--それでは今後アメリカで、卓球がスポーツとして浸透していったり、盛り上がっていったりする予感もありますか?

笠原 それはちょっとまだ分からないですね。アメリカの競技レベル自体はまだ上がっていくと思いますが、世界的に見たらまだ高いレベルとは言えません。MLTTにももっと世界のトップ選手がたくさん来るようになってきたら変わってくるのかなとは思います。

練習コートに集まったチームメート。会場はアメリカンサイズだ

シカゴのジェンティーレアリーナで行われた決勝は多くの観客が詰めかけた

「自分が言わないと何も変わらない」

--話は変わりますが、契約関係なども自分で対応したと聞きましたが、大変ではありませんでしたか?

笠原 契約自体は、契約書を読んでサインするだけなのであまり難しくありませんでしたが、ビザを取るために英語の書類を読んで書いて提出しなければいけなかったので、それが難しかったです。リーグにも書類を出してもらったり、そういうのは、自分で全部やらないといけませんでした。
 アメリカは、こちらがお願いしたことはきっちりやってくれる。でも、自分から言わないと、向こうから何かやってくれるということはないし、何も変わらない。それはなんでもそうでしたね。厳しさを感じた半面、人自体はめちゃくちゃ優しかったです。

--滞在中の生活や練習などはどうしていたのですか?

笠原 サンフランシスコのベイエリアに888(トリプルエイト)というアメリカで一番大きな卓球場があって、コーチがその888のオーナーを紹介してくれたのがきっかけで、「いつでも練習しに来ていいよ」と言っていただけたので、練習は基本的にそこでやっていました。
 チームメート(テキサススマッシュ)のナンダン(ナンダン・ナレシュ)やマ・ジンバオ(アメリカ)がほとんどいつもいましたし、オーストラリアのジュニアの選手もそこでよく練習していたので、彼らと練習することができました。
 その888のオーナーの方がアパートも用意してくれたので、生活もできるし、練習もできるしで、長期滞在することができました。

--よく海外リーグでは移動が多かったり、長かったりという苦労話を聞きますが、その点はいかがでしたか?

笠原 週末に試合があって、その週の火曜日から木曜日までチームでトレーニングキャンプをするので、月曜日に各自で飛行機でそこまで行って、チームが手配してくれているホテルに滞在していたので、車での長距離移動は全然ありませんでした。
 チームのサポートもあったし、ほかの選手もオーナーも助けてくれたので、いいチームに入れてよかったと思います。

--苦労話も聞きたかったのですが(笑)、大変だったことはありませんでしたか?

笠原 4月の試合の時に、アリーナ会場のエアコンの風が強すぎて練習できないことがありましたが、結局エアコンを止めてもらえなくて、その時は大変でしたね。でも、それくらいです(笑)

笠原が練習していた卓球場888(トリプルエイト)。常時40台の卓球台が設置されている

「今はもう、アメリカが最後の場所だと思っています」

--MLTTもですが、アメリカという国が笠原選手に合っていたようですね。

笠原 合っていたというか、恵まれたという感じの方が大きいかもしれません。
 アメリカに行くに当たって、僕の中で重要だった人が2人いて、その1人が早稲田大学のOGの木村洋子さんという方で、木村さんとは僕がシチズン時計に入って1年目のビッグトーナメントのパーティーで初めてお会いしました。MLTTに登録して、シーズンが始まる前にリーグが選手のレベルを確認するということで一度渡米したのですが、その時に、アメリカ在住の木村さんに連絡したら、試合会場がたまたま木村さんのお宅から15分くらいのところだったんですよ。
 それで、木村さんの家に泊めていただいて、いろいろと助けていただきました。それ以降も、練習に行くときに、木村さんの家に滞在させていただくこともあり、木村さんがいなかったらいろいろなことがこんなにスムーズにいかなかったと思います。
 もう1人は、ティモシー・ワンという全米チャンピオンの元選手で、MLTTでもベイエリアブラスターズの来シーズンのコーチを務める人ですが、2009年の世界卓球横浜大会の時に、彼がアメリカ代表として早稲田大学に練習に来て以来のつながりですね。彼は本当に顔が広くて、友だちも多くて、アメリカの卓球場の情報も知らないことがないくらいで、いろいろ教えてもらいましたし、生活面でもかなり助けてもらいました。今回の優勝が決まってからもしばらくアメリカにいたんですが、その間は彼の家で過ごしていました。
 恵まれていたし、本当に運がよかったですね。今挙げた2人に限らず、僕と関わりを持ってくれた人がすごくいい人ばかりでした。普通だったら、向こうで数カ月も練習できて、滞在できるという環境を得るのは難しいはずですが、僕の場合は運良くそういう場所が何カ所かできました。本当に感謝しかないですね。

--今後の選手としての目標は?

笠原 アメリカでずっとやりたいという気持ちがあるので、アメリカで必要とされなくなったらリタイアかなと思っています。ほかの海外リーグでやろうとは、正直、あまり考えていません。今はもう、アメリカが最後の場所だと、僕は思っています。

--アメリカに特別な思い入れが生まれたということですか?

笠原 そうですね。やっぱり、みんなによくしてもらったし、リーグも1年目で本当に難しいこともいろいろあったはずですが、それを周りの方がサポートしてくれて、僕自体はあまり難しく感じることもなく、ストレスなく過ごすこともできました。それが本当に大きかったですね。ここで最後まで選手としてやりたいと思いました。

--先日行われたドラフトでは、笠原選手は来シーズンもテキサススマッシュでメンバー登録されていましたね。

笠原 はい。来年もテキサススマッシュでプレーすることになりました。9月からまたリーグが始まるので、7月か8月にはアメリカに行こうと考えています。

笠原のMLTTセカンドシーズンは9月に始まる

 ドイツ・ブンデスリーガで八面六臂の活躍を見せた上田仁や、ポーランドリーグで躍動している小西海偉ら、海外で輝き放つ日本のベテラン選手の報を聞くことが増えてきた。卓球という競技において、豊富な経験や戦術力の高さが若さに十分対抗し得ることは、先日パリ五輪後の国際大会からの引退を発表したティモ・ボルをはじめ、既に多くの選手によって証明されている。ナショナルチームの代表争いやWTTなどの国際大会からは退いても、それぞれの場所で第一線での活躍を続ける選手たちが増えつつあることはとても喜ばしいことだ。
 まもなく35歳の誕生日を迎える笠原のMLTTファーストシーズン優勝への貢献も、ベテラン勢の活躍に彩りを添える快挙となった。シーズンを終えた笠原の、選手として最後を迎える地にアメリカを選んだという言葉には驚きを禁じ得なかったが、これで卓球選手のあり方の多様性がまた一つ新たに拓かれたと考えると、笠原の挑戦の意味は本人のキャリアの展望が広がった以上に大きい。
 アメリカは非常に大きなポテンシャルを抱えながらも、多くのトップ選手にとっては「未開の地」であり続けたが、MLTTの発足を機に大きな飛躍を見せてくれそうだ。選手層のレベルアップが見込まれているセカンドシーズンは9月に始まる。今から開幕が待ち遠しい。

↓動画はこちら

(取材=卓球レポート、写真提供=MLTT、Jesse Levi Hummel)

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