日本ナショナルチーム男子監督として初のオリンピックに挑んだ田㔟邦史。東京オリンピックでは水谷隼/伊藤美誠(木下グループ/スターツ)のベンチで混合ダブルス金メダルを獲得している名将は、以前卓球レポートで行ったインタビューで、「選手たちの力を引き出したい」と語ってくれたが、パリ五輪でどれだけ選手たちの力を引き出すことができたのか。
パリ五輪を振り返るインタビュー(全3回)の中編では男子団体1回戦から準決勝のスウェーデン戦について聞いた。
中華台北戦はダブルスと3番が重要だと思っていた
----男子団体初戦のオーストラリア戦の手応えはいかがでしたか?
田㔟邦史(以下、田㔟) 智和(張本智和)だけが東京を経験していて、あとの2人は初めてだったので、(それまで試合のなかった)篠塚(篠塚大登)の入りを考えたらオーストラリアは我々にとってはやりやすい相手だったと思います。
技術的なことを確かめるのもそうだし、気持ち的にも雰囲気をつかむためにもスタートを切るには、やりやすい相手だったなと思います。
----快勝しましたが、チームの雰囲気に変化はありましたか?
田㔟 篠塚と戸上のダブルスも、篠塚のシングルスも調子が良さそうだったので、非常に頼もしく楽しみな気持ちでした。そういった意味でも大会までの準備はしっかりとできたと思います。
----準々決勝の中華台北戦もいい試合内容でしたね。
田㔟 試合のルールは違いますが、中華台北には世界卓球2024釜山の時に勝っていたというのが選手にとって大きな自信だったかもしれません。その中で、ダブルスと3番が一番重要だったと考えており、中華台北の3番は誰が来るかなとよく考えました。荘智淵が来るか、高承睿が来るかですね。
----田㔟監督としては、荘智淵と高承睿のどちらが3番だと日本にとっては戦いやすいと考えていましたか?
田㔟 戸上(戸上隼輔)は荘智淵とあまりいいイメージがなく、しかし、戸上は高承睿には以前勝っているし、篠塚は荘智淵に勝っているし、迷いましたが、まずはダブルスを取ることが先と考えました。
----そういう意味では1番のダブルスを取ったのは大きかったですね。
田㔟 そうですね。ダブルスは本当に良かったです。篠塚も戸上も出来がすごく良く、完成度が高かったですよ。
篠塚はオリンピックに向けてレシーブをいろいろ考え、練習をしてきました。戸上に(決定打を)狙わせることを考え、積極的にチキータをしていくとか、積極的に長いツッツキをしていくとか、攻撃的なレシーブを繰り返し練習しました。今まではストップが多かったので、オリンピックの舞台でも攻撃的なレシーブを使えるような準備してきました。
レシーブだけではなく、台上も積極的に行っていいよと伝えました。篠塚は左利きなのでいろんなことをやらないといけないですし、左が安全に行ったら右も何もできない。左にチャンスを作ってもらって右が狙う戦術ですね。それがうまくできたと思います。
----2番の張本選手と林昀儒も内容の濃い試合でしたね。
田㔟 そうですね。これはもうどちらが勝ってもおかしくない試合でした。ただ最近は智和がずっと勝っているので、自信を持っていましたが、最後、林昀儒がサービスをフォア前に変えてきたところで、レシーブをどうするかで迷いが生じてしまいました。
----林昀儒は動いてフォアハンド主体のプレーをしてきました。
田㔟 そうですね。林昀儒のバックハンドとサービスには智和はもう最近対応できていましたが、林昀儒が最後に回り込みを入れてきたり、サービスを工夫してきたり、ちょっと変えられました。
でも、ネガティブになるような試合内容ではなかったと思います。この2人は世界トップレベルですし、その時その時で勝ち負けは変わるものですから。
----勝負の3番、戸上選手の高承睿戦もいい内容でしたね。
田㔟 そうですね。これはもう言うことなかったです。戸上は本当に強かったですよね、本当に調子が良く完璧でした。
----中華台北戦を乗り越えた時のチームの雰囲気と、田㔟監督の心境はいかがでしたか?
田㔟 一番は選手の気持ちが明るかったですよ。準決勝に進むか進まないかっていうのは一つ大きな壁ですからね。
もし準決勝で負けたとしてもメダル決定戦がある。それを考えると準決勝に進むことができたっていうところで、モチベーションはさらに上がり、「よし次だ!」という感じの雰囲気だったと思います。今回はドローも良かったですからね。
もうみんなメダルしか見えなくなっていた
----準決勝のスウェーデン戦を振り返っていただきたいと思いますが、オーダーはどのように考えましたか?
田㔟 3番で迷いました。K.カールソンが来るかアントン(ケルベリ)が来るか。アントンは智和といつもいい勝負だけど、智和はK.カールソンに勝っていたので、それを考えたらアントンが3番というのはちょっと考えづらいから、3番はK.カールソンだと予想しました。
K.カールソンと当てるのに、篠塚か戸上か最後の最後まで迷いました。戸上も調子がいいし、篠塚も戸上もカールソンには勝ったことがあるんですよ。
でも、後半まで考えたときに、戸上はモーレゴードに勝ったことがない。でも、篠塚はこの前、モーレゴードに3対1で勝っている。そう考えたら3番は戸上でいこうと決めました。
----オーダーは読み通りでしたね。
田㔟 そうです。
ダブルスは完璧でした。途中から篠塚がK.カールソンのフォア前に上手くストップも混ぜ始めて、それがうまくいき戸上が狙うパターンができた。戸上は本当に調子が良かったので。両ハンドを振りまくって、本当に強かったと思います。
2番の智和は、本当にモーレゴードに向かって行ったと思います。相手は(男子シングルスの)メダリストだし、王楚欽(中国)に勝っているし、「俺が勝ってやる」ぐらいの感じで本当に集中しきっていたと思います。
----張本選手もモーレゴードに勝って、日本が王手をかけました。
田㔟 はい。勝つ流れは間違いなくできていたと思います。3番の戸上も第1ゲームを取って帰ってきましたから......。
----そこから何が起きたんでしょうか?
田㔟 ここからはもうみんなメダルしか見えなくなっていたと思います。変わった流れを変える事は難しかった。
----田㔟監督自身はどうでしたか?
田㔟 僕は東京オリンピックの混合ダブルス準々決勝の大逆転を経験していましたから、いつ流れが変わるか不安でしたし、勝ち負けはまだ考えてはいませんでした。
ただこのまま無心で戦い、勢いで行ってくれという感じでした。戸上もオリンピックは初めてだし、若いチームですから勢いで向かっていければと......。
でも徐々に、徐々にですかね。戸上も3ゲーム目を取られてから、だんだん「あれ?」という感じで、レシーブでの迷いが生じはじめたと思います。サービスも同じ場所からしか出さなくなったり、冷静さがなくなっていったかなと感じました。
----戸上選手はK.カールソンの縦回転サービスとロングサービスで崩されたと言っていました。
田㔟 レシーブのことだけを考えてしまったと思います。点数の取り方は他にも色々ありますがリードしているにもかかわらず安全なプレーに入ってしまった。
----ベンチとしても2ゲーム以降の悪い流れを建て直すのは難しかったのでしょうか?
田㔟 そうですね。いい意味でスウェーデンが開き直ってしまったという感じですよね。
もう0対2だったし、K.カールソンも負けてもしようがないという感じだったと思います。
こっちは勝てば銀メダルですからね。少しずつ頭の中でメダルが大きくなっていったんだと思います。変わってしまった流れを変えるのは本当に難しかった。
----試合中のメンタルコントロールの重要性を感じますが、メンタルの育成については田㔟監督はどのように考えていますか?
田㔟 もちろんメンタルの先生にお願いすることも考えてはいますが、例えば、他の競技で金メダルを取った選手やスタッフに講義をしてもらうとか、メダル決定戦や決勝でどういうメンタルで戦えばいいかとか、その前日に何を考えればいいのかということを講義してもらおうと案と対策は考えている途中です。柔道やレスリングなどお家芸と言われている競技で、プレッシャーの中で金メダルを取る事は並大抵なことではないと考えています。
しかし、このメンタルの問題は以前と比べスポーツ界のみならず増えてきていると思います。今の社会の問題、スポーツを取り巻く環境も関係していると思うので様々な角度から考えていきたい。
ただ本当にすごい試合だったなっていう一言
----4番の篠塚選手はモーレゴードに勝った経験があり、十分期待できる試合でした。
田㔟 前半2点を取って最後に智和もいるし、篠塚には思い切ってやってこいと送り出しました。大会前に勝っていましたから可能性はあったと思います。しかし、あの場面でメダリストとやるというのはまた違った雰囲気であり、本当に緊張することだと思います。頭は真っ白だったと思いますがオリンピックという場所はこういうものだと感じさせられたと思います。技術うんぬんではないです。
----ラストの張本選手対ケルベリは、11-5、11-5で2対0という流れで、決まったと思いましたが。
田㔟 決まったとはまったく考えていませんでした。相手が何もしていませんでしたし、逆に相手は開き直ってプレーしてきたと思います。相手が攻撃的になってきて状況が明らかに変わりました。
----どこで展開が変わってしまったと思いますか?
田㔟 相手が攻撃的になってきた時に智和のプレーが消極的になってしまった。アントン(ケルベリ)も回り込んできたけど、あれが彼の長所であり怖いところです。その状況を跳ね返すことができなかった。
----一方のケルベリは開き直って思い切ったプレーをしてきました。
田㔟 開き直って思い切ってきたアントンに対して、智和がやっぱり消極的になってしまった。メダルへの想いや日本のエースとして自分が負けるわけにはいかないっていうプレッシャー......。いろんなことを頭の中で考え始めたんじゃないでしょうか。
----最終ゲーム、コートに向かう張本選手にはどのように声をかけたのですか?
田㔟 もうやるしかないので、「勝っても負けてもお前がエースなんだから、思い切ってやってこい」って言ったのを覚えています。
----結果は敗れてしまいましたが、その時の心境と日本ベンチの様子はどうでしたか?
田㔟 智和が2対2の6-3でリードしていたんですよ。でも、智和がそれを覚えてないって言っていて。智和は常に、場面場面を必ず覚えているんですよね。でも、あの試合の後は「6-3でリードだったんですね」って感じでした。
最後は、ああいう場面になった時に自分をコントロールするのは選手本人になります。コートに立っているのは選手だし、何かを考えて何かを感じるのも選手。メンタルコントロールも含め全部自分でやっていかなくてはいけません。今大会はそこが大きな反省点であり今後の課題です。
----あと1ゲーム取れば決勝というところから、負けた時の心境はどうでしたか?
田㔟 呆然で放心状態でした。あれだけの試合をしたのですから当然のことです。
しかし、選手達は今持っている全ての力を出し切り戦ってくれました。それは間違いありません。本当にすごい試合だったので、恥ずかしい試合では全くなかった。
3人とも、今ある力すべて、技術のみならず持っているものを全部出して戦ったと思います。だから、もう負けはもう負けでもしようがない、恥ずかしくないから、胸を張って応援してくれた人たちに答えなさいと伝えました。
----監督自身の心境はいかがでしたか?
田㔟 本当に素晴らしい試合で......。いや、もう何も、本当すごい試合だったなっていうだけです。
ただ、ベンチに入っていると、流れが変わったのもすぐに感じるし、選手が試合している姿を見ていると、今ちょっと緊張しているなとか、余計な雑念が入ったなっていうのも感じる。だから、技術だけではない、いろんな要素が含まれたスウェーデン戦だったと思います。みんな全て自分たちの力を出し切って仕事をしてくれました。ただ本当にすごい試合だったなっていう一言です。
でも、その裏には本当にいろんなものが含まれていて、技術的にこれができなかったからっていうことではありません。本当に僅差でした。
(後編に続く)
(取材/まとめ=卓球レポート)